Verbal Promise(口約束)~プロポーズは突然に~
 会社は目と鼻の先にあるのだけど、長い信号待ちの最中に緊張もおさまり少しだけ会話をした。

「転勤? こんな時期に?」
「はい。突然決まって……先月からこっちに」
「そっか。……大変だったね」
「いえ。もうだいぶ慣れました」

 敬語での会話。もっと違和感を感じるものだと思ったけど、元々上司と部下の関係だった私たち。違和感はない。元に戻っただけ。
 杉浦さんが現れた時は突然のことに動揺したけど、次第に慣れてくれば平気だった。
 そっか……本社にいれば会うことだって当然ありえる。すっかり忘れていた私は完全に彼のことはふっきれているということ。

「懐かしいな。川島さんに会ったら昔を思い出したよ。みんな元気?」
「私も異動があったりしたので一緒には働いてはいないけど社内にいればよく顔を合わせてました。みんな元気ですよ」
「永瀬君ってまだ会社にいる?」
「……はい?」

 突然出たその名前に一瞬驚く。

「お家の事情でたしか30歳くらいまでしか働けないとか」
「し、知ってるんですか?」
「あ、もしかして知らなかった? 二人は同期だったしてっきり知っているものだと……」
「い、いえ。知ってますけど……。まだ辞めてないですよ」
「そうなんだ。昔はよく本社(こっち)に出張で来てるのを見かけたけど最近見ないなって思って」

 って、私が知ったのはついこの間ですけど……。
 杉浦さんは、入社後私と配属先が一緒だった永瀬の上司でもあったから知っていても不思議なことじゃないか。
 杉浦さんはもう一度「懐かしいな」とほほ笑みながら呟いた。
 会話をしているうちに歩行者信号が青へと変わる。先に足を進めた私が一歩前に出たところで、思いもよらなかった杉浦さんの言葉にすぐに足止めを食らった。

「……恋人、出来た?」
「……はい?」

 突然……なんなの?
 呆然としていると「ごめん」と小さく呟くような謝罪の言葉。
 そして足を進めた杉浦さんが私の横を通り過ぎる時に「ただ、気になって」と言った。
 そのまま私は彼の一歩後ろを歩きその後は一言も会話をかわさなかった。
 私に恋人がいるかいないか。どういう理由で聞いたりしたのだろう。気になるって……なぜ?
 会社に入ると自然と杉浦さんとは別れ一人になる。そういえば今何時だろうと時間が気になって携帯を見る。
 未読メールありの表示。あぁさっき、秀則さんからのめちゃくちゃ早い返信メールを受信していたんだっけ……

「……えっ」

 その予想もしなかった内容に思わず声が出る。二度目の食事への誘いだった。

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