赦せないあいつと大人の恋をして
卒業
 実花は今年、成人式を迎え、春には短大を卒業して念願の幼稚園教諭になる。既に私立の幼稚園に就職も決まり、後は卒業式を待つだけ。二十歳になって短大を卒業して無事就職したら……。一人前の大人の女性として隼人さんに認めて貰って告白しようと思っていたのに。

 まさか、その寸前に隼人さんが、お見合いするなんて……。しかも隼人さんも、ご両親も、とても気に入っている聡明な美人、綾さん。私なんか足元にも及ばない。勝ち目はない。
 どうして今なの? 酷いよ。酷過ぎる。ずっとずっと好きだったのに……。私は隼人さんから見たら、まだまだ子供なんだろう。そんな事、分かってる。でも、このままでは諦め切れない。

 あの綾さんが後悔しないように告白しなさいって言ってくれた。それは、隼人さんに愛される自信があるから言えたの? 違う。綾さんは心から私を心配して言ってくれた。やっぱり素敵な人なんだ。大人で綺麗で……。


 次の定休日。隼人さんは特別な用がない限り定休日でも店舗に来ている。たまたま大学の帰りに隼人さんの車が停まっているのを見付けたことがある。

 きょうは午前中、大学に顔を出したけど友達も居なかった。その足でここに来た。でも隼人さんの車もない。店舗の前で、なんとなく立って居たら

「実花ちゃん?」声を掛けられた。

「隼人さん……」

「どうした? 大学は?」

「もう行っても、する事もないから……」

「そうか。ちょっと用があって来たんだ。お茶でも入れてくれるかな?」

 シャッターを開けて二人で定休日の店舗に入った。誰もいない。当たり前だけど。

「お茶でいいんですか? コーヒーもありましたよね」

「お茶がいいな」

 そう言われて緑茶を入れた。

「実花ちゃん、何か話があったんだろう? きょうは少し時間があるから聞くよ」

「この後、綾さんに会うんですか?」

「うん。六時に約束してる」

「そうですか」
 綾さんの優しい顔が浮かんだ。
「私、この前、綾さんに会いに行ったんです」

「えっ? 何処へ? 会社に? どうして実花ちゃんが?」

「私から隼人さんを取らないでくださいって、お願いに……。ずっと好きでした。日曜日のバイトも隼人さんに会えるから……」

「ごめん。小さい頃から知ってる君は僕にとっては妹なんだ。妹と恋愛は出来ない」

「…………」
 予想通りの答えに驚きもしなかった。

「あの、綾さんに会ったら、ありがとうって伝えてください。私、帰ります」

 事務所のドアを閉めたら涙が零れた。ちゃんと言えた。見事な失恋。悲しかった。でも不思議なくらい爽やかだった。これでやっと卒業出来る。隼人さんからも、子供の私からも……。
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