赦せないあいつと大人の恋をして
甘い香り
 鍵を開けて部屋に入ると

「お肉とか冷蔵庫に入れてもいい?」

「うん。頼むよ」
 俺は暖房のスイッチを入れた。

 綾は手際よく食材をしまい調味料を並べている。
「少しはキッチンらしくなったかな。あぁ、龍哉、お鍋どこ?」

 シンクの下からアルミの鍋を出した。
「これだよ。まな板とナイフもここにある」

「うん。分かった。まだ作るには早過ぎるわよね」

「そうだな」

「お手洗い借りてもいい?」

「あぁ、そこだから。俺、着替えてもいいかな?」

「うん。家でスーツ着てる事ないと思うよ」

 ジーンズにスウェットという楽なスタイルに着替えた。ハンガーに掛けたスーツのポケットには、綾にプレゼントするつもりだった指輪が入っているのに……。
 きょう部屋を出た時には笑顔で渡すつもりだった。綾も喜んで受け取ってくれると信じていた。それが、どうして……。渡せない。渡すべきではない。そう思い始めている。綾を束縛してはいけない。俺には、その資格はない。

 きょうは、綾の誕生日。別れを告げるのは残酷過ぎる。なるべく自然に振る舞おう。ソファーに座って手持ち無沙汰な俺は、とりあえずテレビを付ける。

 綾が、お手洗いからバッグを持って出て来た。化粧を直して来たようだ。何もしなくても充分綺麗なのに……。バッグをソファーの横に置き、俺の隣に少し離れて座った。

「龍哉、熱でもあるんじゃない?」

「そんな事ないよ」

「でも……。きょうの龍哉、ちょっと変だから……」
 俺の顔を心配そうに見ている。

「大丈夫だよ。仕事が忙しかったから少し疲れてるのかも」

「だから無理しないでって言ったのに……。少し横になったら?」

「平気だって……」

 綾が俺のおでこに手を当てる。香水の香りがした。あの時と同じ香り……。濃厚な香りではない。霞が掛かったような甘い上品な香りだ。

 嫌でも思い出す。俺が綾にした酷い仕打ちを……。
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