赦せないあいつと大人の恋をして
「熱はないみたいね」
 淡いピンクのマニキュアで彩られた華奢な手を引っ込めながら綾が言う。

「当たり前だ。風邪ひいてる訳じゃないよ」
 冷淡な言い方だったと俺はすぐに反省していた。

「龍哉、きょうずっと何を考えてるの?」
 俺の方を見ずに下を向いたまま独り言のように綾が言った。

「何も考えてないよ」
 綾から視線を外して目を合わせないように答えた。

「嘘。ずっと何か……何だか分からないけど考え込んでる」
 不安そうな顔で下を向いたままの綾。

「別に大した事じゃないよ。仕事の事だよ」
 努めて優しく言った。

「本当?」
 綾が俺を見て聞いた。

「俺が嘘を言った事があったか?」
 あったのだろうか。なかったのだろうか。自分でも分からない。

「分からない。分からなくなった……」
 そう言うと綾はまた下を向く。

「綾……」

 華奢な肩を抱き寄せてしまいそうな気持ちを抑えていると

「私、龍哉の傍に居ない方がいい?」
 不安で堪らないという顔をした綾が俺に聞いた。

「えっ? どうしてそんな事言うんだ?」
 言わせているのは、きっと俺のせいだと分かっている。

「だって……龍哉、ちっとも楽しそうじゃない。私と一緒に居るのが嫌?」
 不安を通り越して綾は怒っているように見えた。

「そんな事ある訳ないだろう」
 そうじゃない。そうじゃないんだ。

「…………」
 それきり綾は黙り込んでしまった。

 テレビのバラエティ番組の賑やかな笑い声だけが部屋の中に響く。

 付き合い始めて、たった二週間で綾をこんなに不安にさせている。俺は大馬鹿者だと思っていた。どれだけ綾を苦しめれば気が済むというのか……。結局、俺は綾を傷つけてばかりいる。

 幸せになって欲しいから綾を手放そうと思った。

 綾が好きだ。愛している。泣かせたくない。幸せにしたい。
 俺が綾を幸せにしてやればいいんだ。もう我慢するのは止めよう。全てを懸けて生涯を懸けて綾を幸せにするために生きればいい。

 馬鹿な俺は、やっと決意してスーツのポケットのプレゼントを取りに行った。
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