赦せないあいつと大人の恋をして
バレンタインデー
 翌日は朝から綺麗な青空が見えていた。この季節には珍しいほどの晴天。本物の春はまだまだ遠いけれど……。

 龍哉は仕事で少し遠出をするから迎えには来られないと言った。

 ちょうど良い。明日のバレンタインのチョコをまだ買っていない。仕事帰りにショップを覗いてみようと思っていた。

 バレンタインチョコを渡すなんて久しぶり。兄が結婚する前までは兄と父に買っていたけれど。その年を最後にプレゼントするのは止めた。兄には義姉、父には母というパートナーがちゃんと居る。

 それからは自分に一年頑張ったご褒美として買っていた。大好きなチョコレートを一粒一粒選ぶ楽しみもあったし高級チョコを食べる時、とても贅沢な気分を味わえる。チョコに限らず女にとってスイーツは幸せの象徴なのかもしれない。明日から、また頑張ろうと思える。

 今年は龍哉にプレゼントするバレンタインチョコを選ぶ。もちろん自分へのご褒美も忘れずに。

 明日は龍哉に会えるだろうか? もしも仕事が忙しくて会えなかったら……。マンションまで行ってドアに掛けて来ようと思っていた。直接渡すのも恥ずかしい私には、その方が良いかもしれない。ところで龍哉はチョコレート好きだったっけ?

 マンションに帰って幸せの象徴をテーブルに置いた。龍哉の分と私の分。見ているだけで温かい気持ちになれるのは不思議だった。今夜は簡単に出来るパスタの夕食を済ませて早めに眠った。良い夢が見られますように……。


 そしてバレンタイン当日。バッグに龍哉に渡すチョコを仕舞って出勤。他のみんなもきょうはチョコを持ち歩いているのだろう。

 勇気を出して告白する人たちの想いが届きますように。みんなが幸せになれれば良いのにと思う。きょうは会社の中でもチョコレートが飛び交うのだろう。

 仕事が終わって帰り支度。携帯を見る。メールは来ていない。仕事が忙しくてメールする暇さえないのだろう。いつもの場所に車が停まっていなければ、そのまま龍哉のマンションへ行こう。

 会社を出て、いつもの歩道を歩く。来ていて欲しい気持ちと来ないで欲しい気持ちとが入り混じる。ちゃんと付き合っているのに、そんなふうに考える。

 初めての告白を決心した女の子たちは、どんな思いなのだろうか。本命チョコを一度も渡した経験がない私には分からない。頑張って想いを伝えられる子たちは偉いと思う。


 大学時代、私は先輩に告白すら出来なかった。ただの片思いだったけれど、それでも今は良い思い出なんだと思う。何もない人生よりも辛い苦しい思い出でもあった方がマシだ。その分、人に優しく出来るような気がする。人の痛みを自分の事のように思い遣れる心が育っていく。
 大変な思いをした分、きっとつかめる幸せも大きい。本当の幸せの意味が分かるんだと思う。そんな事を考えながら歩道を歩いて行く。
 
 龍哉がいつも車を停める場所に白いセダンはなかった。やっぱり仕事が忙しいんだろう。

 そのまま彼のマンションに行く事にした。いつもとは違う方向の地下鉄に乗る。最寄の駅からマンションまで歩く。歩道から龍哉の部屋を見た。灯りは消えていた。やっぱり留守のようだ。龍哉の車はマンションの駐車場にもなかった。部屋の前まで行ってドアノブに持って来た本命チョコを掛けた。

 さぁ帰ろう。マンションを出て、来た道を戻りながら、ふと振り返る。

 雪の舞う寒い夜。ここで龍哉のマンションを見上げていた。ただ会いたくて、ここまで来た。他にどこへ行けばいいのか分からなかった。まさか龍哉がここに住んでいるなんて知らなかったけれど。

 あの日、私は人生で初めての告白をした。あれから二十日も経っていないのに……。

 人生に偶然なんてないんだと思う。すべてが必然。起こるべくして起こった出来事。龍哉と私も出会って愛し合う運命だったのかもしれない。

 最初の出会いは……。衝撃的で方法は間違っていたかもしれないけれど……。
 
 今は、とても穏やかに、お互いを思い遣って……。
 私たちは……。龍哉と私は愛し合っていると胸を張って言える。
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