妖しく溺れ、愛を乞え
「に、人間界に来たのは初めて……?」

「ほとんどこっちかな。里……さっきの家があるところだけれど、そこに居てもなにも無いし。仕事しながら」

 仕事しながら……それもきっとなにか変な力を使って入り込んだに違いない。うちの会社に入ったみたいに。

「怖い。そうやって紛れ込んで生活してるの」

「他にもたくさん居るよ。人間たちが気付いていないだけだ」

 ぞっと鳥肌を立てる。目の前にいるこの存在だって、まさにそうなんだもの。

「怖がらなくていいよ。俺は雅を、食ったり取り憑いたり襲ったりしない」

 その言葉に、心から安心できるのはいつの日なのかな。

 手に持つペットボトルの中身をひとくち飲む。ぬるくなってしまったオレンジジュースは、それでもさわやかな甘さで喉を通っていく。

「つまらないでしょ。あなたたち妖怪から見て、人間の生活なんて」

「そうだな、すぐ死ぬし、体は脆い」

 すぐ死ぬっていう答えが怖い。いくつも、その死を見てきたのかもしれない。

「あの、歳、いくつなの?」

 我ながら変な質問だなとは思ったけれど、でも知りたいことではある。

「200くらいだったかな。正確には忘れたけれど」

 ふ、ふざけてるのかな。そんなわけ無いでしょう。涼しそうな顔をしてすごいことを言う。

「そちらの寿命に比べたら……そうね、人間の一生なんて」

「それに体が弱い。弱すぎる」

 それに関してはなんとも言えない。妖怪たちがどれだけ強いのか分からない。

「深雪は、その、家族とかは? 兄弟とか」

「ああ。母親は俺を産んで消滅したし、父親は外国ものの奴らしいけれど、知らない。会ったことも無い」

 クラクラする頭を必死の思いで支える。

「へ、へぇ、お父様は外国の方なの」

 辛い。どうしてこうなった。雪女と外国妖怪のハーフってことなのね。妖怪界でも国際結婚が熱いわけ?

「俺は母方の血を強く引いたみたいだから」

「お父様は、その、何系の?」

「吸血系」

「あー……そう」

 それは継がなくて良かったかもしれない。吸血……きゅう……。


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