妖しく溺れ、愛を乞え
「さ、今夜はここに泊まれ。ツインで取ってあるんだからな」

「や、あの」

 あたしのためにツインで取ったわけじゃないと思うんですけれど。そして会社の経費だし……。

「そして、明日あのホテルから荷物を俺のマンションに運ぶように」

 俺のマンションって、きっと不正マンションだ。悪いことをして住んでいるに違いない。

「あの山奥の家じゃないの?」

「違う。人間界に居る時はちゃんとマンションだったりアパートだったり、そういうところに居る」

「そうなんだぁ」

 脳みそと思考が麻痺してきたのかな。あたかもそれが普通であるような、そんな気持ちになっている。

「あんな狭いところに居たら病気になるぞ」

「あなたのマンションの方が危険だと思うんですけれど……」

「つべこべ言うな」

「は、はい」

 その、うちの会社の専務だと思っていると、なんていうか会話に困る。

 手持ちぶさたにしていると、深雪が立ち上がって、急にワイシャツを脱いだ。

「わわ」

「なんだ」

 色白だとは思っていた。引き締まった白い背中が視界に入る。目のやり場に困ってしまう。

「着替えるんでしたら、あたし出ていますけれど」

「シャワーを浴びてくるだけだ。先に使うか?」

 妖怪もシャワーを浴びるのか。

「いえ……」

「じゃあ待ってろ。今夜は泣くまでたっぷり可愛がってやる」

 上半身裸で、ねっとりと深雪は言った。なにを……! カッと顔が熱くなる。

「う……ええ!!」

「冗談だ」

 くっそ……この男!

 あたしをからかう余裕を見せて、深雪はヒラヒラと手を振った。

 深雪がバスルームに居る間、あたしはこの部屋から脱走することだってできた。でも、しなかったのは、なぜだろう。なんだか、捨てて出られなかったんだ。


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