妖しく溺れ、愛を乞え
 いま、季節は初夏。一番時期が悪いはずだ。良い部屋は無いだろうなぁ。残っている物件、カスばっかり。
 お昼休み、ネットで物件を見つつ、パソコンの画面を見ながら、小さくため息をついた。

「お疲れさまでした」

 仕事を切り上げ、事務所を出る。時間は19時前。いまからホテルに行って荷物をまとめなければいけない。
 更衣室で素早く着替えを済ませて、足早にビルをあとにした。



 荷物をまとめると言っても、洗面所に散らばる洗顔やメイク用品、脱いだ部屋着なんかをバッグに突っ込むだけだ。スマホの充電器も忘れないようにしなくちゃ。

 実質ここで数日しか過ごしていない。金銭的にはとても助かる。これからなにがあるか分からないし。
 捨てる神あれば拾う妖怪あり、だ。

「なに言ってんだろ……」

 ブブブブ。

 自分の独り言に突っ込みを入れた時、ベッドヘッドに置いてあったスマホが震えた。

「? 知らない番号」

 知らないけれど、なんとなく誰だか分かる気がする。あたしは慌ただしく電話に出た。

「は、はい」

「俺だ」

「オレダさん?」

「尾島だ」

 ほらね、当たり。きっと総務あたりから番号を聞いたんだろう。

「……お疲れさまです」

「いま、どこに居る?」

 深雪はまだ会社に居るのかな。部屋の入口の方に脱ぎ飛ばしてあったパンプスを取りながら考えた、

「ホテルで片付けしてますよ。もう少ししたらそちらへ向かいますから」

「来るのか?」

 来るのかって、呼んだくせに。

「はい……お世話になります。部屋が見つかるま」

「迎えに行くから、そこで待ってろ」

 言葉を遮り、深雪が言う。せっかち。

「大丈夫ですよ。タクシー使うし」

「いいから。待ってろ。なにかあったらどうするんだ」

 子供じゃないんだから。大体、深雪と一緒なのが一番危ないと思うんだけれど。

「……わかりました。ありがとうございます」

「すぐ行く」

 返事を待たずに電話は切れた。せっかちだなぁ。

 ……出逢ったばかりなのに「俺を好きになれ」も相当せっかちだからな。

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