妖しく溺れ、愛を乞え
 おそらくは会社からかけて来たのだろう。だとすればすぐに到着するはずだ。急がなくちゃ。

 なんで数日のうちに2回も荷物をまとめなくちゃいけないんだ。たいした荷物は無いっちゃ無いけれどね。でも、でもね!

 ……捨てられたり拾われたり。忙しいよ、精神的に。

 またどうせ出すものだと思うと、きちんと畳んで仕舞うのもなんだか面倒臭くて、頭に来て、バッグへ適当に詰め込んだ。

「……ったくもう!」

 コンコン。

「うぇぇ!」

 びっくりした……。急なノック音に息を飲む。

「俺だ」

 ああ、深雪か。なにも下で待っていてくれれば良いのに。部屋まで来るとは。
 ドアを開けると、スーツ姿の深雪が立っていた。

「下で待っていてくれれば良いのに」

「荷物、多いだろう。ひとりじゃ無理だ」

 なんだよ、優しいな。

 ひとりじゃ無理だって、あっちの部屋を出る時はひとりで運び出したんだけどな。途中、タクシーの運転手さんやホテルの人に手伝って貰ったけれど。

「行こう。夕飯もまだだろう?」

「は……はい」

 なんだか、怒ってる? 眉間に皺を寄せて、難しい顔をしている。
 グングン部屋に入って行き、重い荷物を軽々と持ち上げた。ほぼ洋服だから重いのに……男だなぁ。妖怪だけど。

「ご、ごめんね。重いのに」

「……」

 深雪は、返事もぜすに、部屋を出て行った。ルームキーを掴むと急いで後を追う。なんだろう。やっぱりちょっと怒ってる。

 無言でエレベーターに乗り、フロントがある1階で降りた。チェックアウトしなくちゃ。あたしは財布をショルダーバッグから出した。すると、その手に無理矢理一万円札を何枚か掴まされる。

「これで精算してきなさい」

「え、ちょっと」

「いいから。早くしろ」


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