妖しく溺れ、愛を乞え
 会社では専務と社員。でもふたりきりになったら、深雪と雅。なんだか勝手にそういうルールを作られている。流されている。そして、流される自分が情けなかった。

「そういう風に、好きだよ、一緒に居たいよって甘い言葉を言えば、あたしが言うことを聞くとでも思ってるの?」

「そうじゃないけれど。どうした、怒ってるのか?」

「さっきまで不機嫌だったのはそっちでしょ」

 イライラが止まらない。

「あたしに同情してるだけでしょ? 男に捨てられて、行くところがなくて。ゴミみたいだから、拾って慰みものにしようとしてるんでしょ?」

「おいおい、考えすぎ……」

 リッチな部屋と、甘い言葉。いまあたしにひとつも必要じゃないのに。

 道で拾った泥酔女を、部屋に連れて来た。宿無しだから。身寄りも無いし、なにをしても構わない。

「だって。あたしこんな。身寄りも無いし、恋人に捨てられて行くところも無い。酔ってゲロ吐いたひとにお金貰って、他人のマンションに迎えて貰って、部屋だってまだ探せないし……みすぼらしい」

「みすぼらしくなんかない」

 深雪は、あたしを掴む手に力を入れた。

「俺は、雅。よく聞いて。愛して……」

「やめて。だったらあなたのそのへんな力とか使って操れば良いじゃない。簡単でしょ? あたしのこと、からかってるんでしょ?」

 不安と混乱。ひとりで不安で寂しくて、そしてこのひとが現れて。
 急に信じろなんて、そんなの無理だよ。

 優しく甘い言葉をかけてくれても、不安なのは拭えない。

「からかってなんか、ないよ」

「なんで、あたしなんか……」

「雅」

 力強い腕があたしを優しく包む。この腕をはねのけたいのに、そうできない。

「弱ってるところに取り入るなんて、ひ、卑怯だよ……」

「お前もひとり、俺もひとり」

 耳元で低く囁かれる声。あたしにだけかけられる、言葉。

「ひとりぼっちが寂しいのは、俺はよく、知ってる」

「……」

「俺は雅をひとりにしない。だから、そばに居てくれないか」

 そんな言葉であたしを絡め取るの。やっぱり、ずるいじゃない。
 静かな部屋で、息遣いは重なって、体温も重なる。

 ひとりぼっちがここに、ふたり。切ない温かさが、胸に広がっていった。負けて、しまいそう。

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