妖しく溺れ、愛を乞え
「あ、の、喉乾かない? あたしなんか飲みたいなぁ」

 深雪の体を押し退けて、腕から逃れる。

 ソファーにあったクッションを間に挟んで、話題を逸らしてみた。これ以上くっついて居たらおかしな気持ちになってしまいそう。

「そうか? 冷蔵庫になんかあったか」

「開けていい?」

 大げさに立ち上がると、キッチンへ向かう。まだ全然使われないな、ここ。料理しても良いのかしら。

「自由に使え」

 そう言われたものの、自分のものではないので、使用する時にはあらためて聞こうと思う。

「なにも無かっただろう。買いに行こうか」

「シャンパンがあるけど……」

 あとは水しか無い。なんで酒だけ入っているんだ。男ひとり暮らしの冷蔵庫なんてこんなもんかなぁ。

「ああ、取引先に貰ったんだった。さっき入れたばかりだから冷えていないと思うが」

「氷入れる?」

 氷を入れるなんて邪道だけれど、冷えていたほうが美味しいと思うし。酒にうるさく無いからあたしは気にしない。でも、深雪はどうだろう。

 氷を入れてOKなシャンパンじゃないと嫌だとか、言い出さないと良いけれど。

「いいな。冷たいほうがうまい」

 どうやら、なんでも良いみたいだ。少しほっとする。

「おつまみ、なにも無いね。夕飯もまだなのに」

 野菜室にも冷凍庫にも、シャンパン以外なにも無かった。仕方ないか……。

「そういえば貰ったお菓子がある」

 テーブルの横にあった紙袋から、可愛い包装の箱が3個出てきた。アソートみたいな感じだけれど、これも貰い物でしょうか……人気ものですね。

「貰い物ばっかりね」

「まぁな」

「そのお顔で存分に取引先の女性社員を取り込むんでしょう」

「なんだ、妬いているのか」

「まさか。お母さまに感謝しなくちゃね、美しい方だったんでしょう」

 深雪が立ち上がってこちらへ来た。あたしに視線を注いだままで。こっち見んなよ……。

 シャンパンを掴んで、冷蔵庫を閉める。

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