妖しく溺れ、愛を乞え
「買い物、してないんです……」

「ああ、別に良いさ。次回、早く帰る時にでも」

 あ、そんなあっさり。拍子抜けしてしまう。

「すみません」

 深雪が席に着くのを待って、自分も着席した。深雪はエプロン姿のまま座って居て、なんともアンバランスだ。笑いそうになってしまう。

「なにニヤニヤしてる」

「別に……」

 笑いを噛み殺しながら、目の前に並べられた料理を舐めるように見た。

「すごい。これなに?」

「ビーフシチュー」

「作ったの? 買ったんじゃなくて?」

「失礼だな……」

 だって、こんな料理作れると思わないから。

「ま、食べよう。お腹が空いているだろう」

 グラスに赤ワインを注いでくれる。綺麗な顔、真面目な表情とエプロン姿。なんで取らないの、エプロン。

「い、いただきます」

 上げ膳据え膳は良くないから、せめて洗い物だけでもしよう。

「今日は、1日お出かけでしたね、専務」

「敬語じゃなくて良いし、別に専務なんて呼ばないで欲しい」

 だって専務じゃん……。

「午前中だけで、午後からはひとり行動だったから。帰りも早かった」

「そうだったんで……そうなんだ」

「材料とか食器やなんか買い物に行ったんだ」

 おい、それはサボリじゃないのか。

「ふぅん……。偉いからなにも言われないんだろうなー」

「まぁな。買い物して、帰りは送って貰ったし」

 確信犯。ずるいな。

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