ハルアトスの姫君ー龍の王と六人の獣ー
 耐えきれなくなって、キースは再びジアの唇を塞ぐ。こうして唇を重ねるのは、2年近く前の、二人で雪を見た日以来だった。あんなに簡単に傍にいようとしていたあの頃の自分には、何も見えていなかったことを思い出す。瞼の裏に蘇る、戦いの記憶。たくさん間違えた過去。それでも手を差し伸べてくれた、今は腕の中にいる愛しい人。

『私、ジアを最初に抱きしめるのは、キースくんがいいわ。』

 王妃はそう言って、ジアにそっくりな笑みを浮かべた。王妃の言葉をまっすぐに受け止め、抱きしめるなら今だ。そう思ってキースは抱きしめる力を強くした。普段はその高潔さで隠れてしまうが、抱きしめればわかる。ジアは本当は、ただの女の子である、と。

「…勝手にどこかに行かないで。一番近くにいて。俺が、ジアを守れる距離に。失敗ばかりで、完璧じゃないけど。でも、守らせてほしい。他の誰でもなく、俺に。」
「あたしだって…守りたいよ…守られてばかりじゃ…嫌…。」
「うん。だから、俺のことはジアが守って。俺に歯止めをかけて。いき過ぎたら止めて。ジアの声なら、どんな状態でもちゃんと届くから。」

 自分のことをついないがしろにしてしまう『自分』を知っている。だからこそ、自分を大切に想ってくれている人に、自分を託したい。

「…そんなことでいいの。」
「ジアにしかできないよ。俺よりも俺のことを心配してくれるのってジアだけだから。」
「…そうだよ、本当。こんなに怪我してるのに平気とかすぐ言うし。」

 拗ねた表情に笑みが零れる。そんな君だから、好きだと思える。一生をかけて、大事にしたいと、心の底から思う。

「…ごめんごめん。でもジアだって同じだよ。いつも自分のことより、そうじゃないものを優先する。俺のことばっかり怒ってられないと思うけど?」

 そう反撃すると、気まずそうに目を逸らす。心当たりがないわけではないのだろう。
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