イジワル上司と秘密恋愛
まだ嫌な顔をされた方がマシだった。『なんで今さら来たんだ』って呆れられた方が。
こちらを見もしなかった綾部さんの態度は、もう私になんの感心もないということを突きつけるのに充分だった。
「それじゃあ、失礼します」
新海さんは一礼すると背を向けパーティーションの外へと出て行く。
私はもう一度『綾部さん!』と呼びかけたかったけれど、ぐっと唇を噛みしめて新海さんの後に続いた。
***
——怒ってる……顔も見たくないほど嫌われちゃったのかな。
その日の夜、まだ引越してきたばかりの新しいアパートで、私は荷解きをしながらボンヤリと考えていた。
自分の考えが甘かったかもしれない。誠意を持ってつきあってくれた人を、勝手に浮気だと決め付けて酷い態度をとり続けていたのだから、彼にとって私はきっと嫌な思い出でしかないのかもしれない。
しかも、きっと綾部さんなりに気持ちを立て直したところに、図々しくも追いかけてきてしまったのだ。嫌うどころか嫌悪して、拘わりたくないとさえ思われていても不思議じゃない。
ふう、と大きな溜息を吐いて、洋服をクローゼットに移していた手を止めた。
——せめてふたりで話がしたいな……。綾部さんを誤解してたこと、謝りたいけど……。
今の状況ではそれすらも難しそうで、私ははるばる兵庫まで追いかけてきたというのに、いきなり途方に暮れてしまう。
「……仕方ない、焦っても意味ないもんね。毎日顔は合わせるんだもの、そのうちチャンスはあるはず」
暗くなってしまいそうな気持ちを立て直すように発破を掛けて、私は再び荷解きの続きに着手した。