イジワル上司と秘密恋愛

「綾部部長。明日から企画マーケティングに配属される春澤志乃が挨拶に来ました」

新海さんに声を掛けられ、デスクでパソコンに向かっていた顔が一瞬そちらに向けられる。


——……ああ……綾部さんだ……。


一年半前とほぼ変わらない、愛しい人の姿。切れ長で目尻の下がった三白眼に、穏やかな弧を描く口もと。あっさりとしているのにどこか冷たい色香を漂わせる独特の雰囲気。

その全てが懐かしくて愛おしくて、今すぐ抱きついてしまいたい衝動さえも湧き上がる。

「明日付けでこちらに異動になります、春澤志乃です。関東事業所では大変お世話になりました。こちらでも頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします」

必死に感情を抑え込み頭を下げた。

けれど……綾部さんは立ち上がるどころかこちらを見やりもせず、

「ああ、よろしく」

とだけ、短く返した。

——綾部さん……?

一年半ぶりに会ったとき彼はどんな顔をするだろうと、何十回も何百回も想像を巡らせた。

驚く? 嫌な顔をされるかも。それとも綾部さんのことだから苦笑いを零すかもしれない。

けれど、実際の反応は——想像以上の無関心だった。
 
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