イジワル上司と秘密恋愛
前に木下くんと会っていた頃は、ずっと綾部さんのことで悩んでいたから。
今も悩んでいない訳ではないけれど、あの頃みたいに泣いて苦しんでいる訳ではない。
「あの頃は自分のことばっかり考えて子供だったなって思う。今は少しだけ落ち着くことが出来たから」
そう笑いかけて、手にフォークを握りなおしたときだった。
「でも、あの男とは結局上手くいってないんだろ?」
核心を突くような彼の言葉に、表情がこわばってしまった。
「昨日『上手くいってない』って言ってたの、どう見ても仕事のことじゃないよな。……あの男とは結局、復縁できなかったってことか?」
答えられなくて、しばらくテーブルに沈黙が流れる。
けれど、口に出せないことがそのまま答えになってしまっていて、私は俯いて下を向いてしまった。すると。
「春澤」
私を呼び掛けた声が沈黙を破った。
「お前……東京に戻ってくるつもりない?」