イジワル上司と秘密恋愛


ふたりで過ごす時間はもどかしいようで早く進み、お皿から美味しい料理が減っていく度に、グラスのアルコールが空になる度に、カウンターの奥に架かっている時計の針が進む度に、私の胸は切なく疼いた。

隣に綾部さんがいる。私のためだけに微笑んでくれて、私にだけ話しかけてくれる。

“ふたりきり”という特権は、私のゆるやかだった恋心を急激に加速させ、苦しいほどに気持ちを込み上げさせた。


「春澤、少し飲み過ぎじゃないか」

「そんなことありませんよ……多分」


綾部さんには恋人がいる。けれど、今だけは彼を独り占めしているんだ。

そんな想いが心をはしゃがせていたのかもしれない。自分でもお酒のピッチが早いかなと気が付いた時には、すでにだいぶ酔いが回った後だった。


「〜〜だから、〜〜で……って、春澤、聞いてるか?」

「綾部さぁん……私、帰りたくない」


綾部さんの話も、自分が何を口走っているかも、もう分からなくなった頃。意識は現実と夢の境目を失くして、頭に記憶を綴る事を止めてしまった。


 
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