恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


仁奈の顔があと数センチに迫ったその瞬間、鼻腔をくすぐった甘い香りは、彼の恋焦がれた初恋の相手が纏っていたものとはまるで違った。

俊平が求めていたのは、こんなに甘くて、高校生に不似合なセクシーな香りではない。


「……惜しかったなー、香坂」


急激に冷めていく気持ちを感じながら、ため息とともにそんな言葉を吐き出した俊平。

うっすらと瞳を開けた仁奈は未だドキドキしているらしく、胸の前で自分の両手を握るようにしながら、赤い顔で目を瞬かせている。


「……お、惜しい、って?」

「ん? ……俺の好きなのは、シトラス系なんだ。んな甘ったるい香水の匂いじゃなくて」


さらに顔を赤くした仁奈は、怒ったような顔をしながら睫毛を伏せた。

おそらく、仁奈はこうして俊平と接近した時のために、わざわざ香水をふりかけて来たのだろう。
香りの種類を大人っぽいものにしたのも、相手がうんと年上の男だから。

そう思うと俊平はひどいことをしているような気になったが、むしろこっちこそ裏切られた、という自分勝手な思いもあった。


(……もう少しで、カヤにキスできたのに)


……いつも隣にいた。

同い年で、家が近所で、幼稚園から高校まで一緒だった、幼なじみの女。

“しゅんぺー、しゅんぺー”と煩いくらいに彼を慕い、俊平の前ではいつも無防備で、笑顔も泣き顔も彼がほとんど独占してきた。



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