恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


おそらく自分たちは両思いだろう。

俊平がそう思うのも無理はないくらいに、その幼なじみ――沢野夏耶は、俊平に心を許しているように見えた。

――しかし。


(許してたのは、心だけ――だったんだよな)


俊平の心に深い傷として残る、高校時代の記憶。

自分の想いが一方通行だと気付かされた、あの夕暮れ、西日の中に浮かんだ、彼女の素肌の色。

うまく溶けきってないインスタントコーヒーを口に入れ、残った粒をざり、と舌が感じてしまった時のような、苦くて不愉快な思い出。

それが蘇りそうになり、顔をしかめた俊平だったが、ふと自分の前に未だ立ち尽くす仁奈の姿に気付いて、力なく呟く。


「……もう帰れ、香坂。俺に関わるとろくなことないから」

「なにそれ……わたし、みっちゃんのこと、本気で……!」

「……悪いけど。俺にとっての香坂はちょっと可愛い女子生徒程度で、実際どーこーならなくても、夜にお前のハダカ想像して抜けば満足、的な存在―――」


俊平が言い切る前に、仁奈の平手打ちが飛んできた。

ひりひり痛む左頬を押さえながら彼女の方を見ると、目にいっぱい涙をためた仁奈は、何も言わずに彼から目を逸らし、逃げ出すように体育倉庫から出て行った。


(……お前にはもっといい男がいるよ、香坂)


自分の短い黒髪に手を差し込んでがしがしと掻いた俊平は、打たれた頬よりずっと重傷を負っている胸の痛みをごまかすように備品の整理に精を出し、倉庫を出ると無駄に大声を張り上げ、部員たちに指示を出すのだった。



< 13 / 191 >

この作品をシェア

pagetop