恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜




桐人は事務所の書棚の前で、事件に関する資料を眺めていた。

これが、自分が日本で担当した最後の裁判になったわけか、などと感傷に浸りながら。

桐人が弁護人を担当した、増本茂を被告人とする裁判は、夏の間に決着がついた。

瑞枝の協力もあり、検事長倉田の行った不正は立証され、殺害に使用されたと思われる凶器の証拠品は意味を持たなくなった。

さらに、倉田の証言から事件の真犯人が三河であるということも明らかになり、増本は無罪を勝ち取った。

三河の裁判はまだ始まっていないが、事件の真相がすべて明らかになるのもそう遠くはないだろう。


(できれば、最後まで見届けたかったけど……)


パタン、とファイルを閉じ、資料を無造作に棚に戻す。

けれど、元あった場所はここではないと思い直して、桐人は改めて正しい場所にファイルを押し込んだ。

今までなら、自分が適当な場所にしまっても、あとで夏耶が綺麗に並べ直してくれていた。

そういう細かな気配りができ、だらしのない桐人には少し小言をこぼして、けれどいつも勉強熱心でまっすぐだった可愛い事務員とも、これでお別れだ。

桐人はひとつ息をつくと、机の上にまとめてあった荷物を手にして、事務所の隅で自分を睨んでいる、もう一人の可愛い部下に告げる。


「じゃーね、お世話になりました。これからココは“中野法律事務所”になるんだから、そんな怖い顔してないで、頑張ってよ」

「……本当に俺らを捨てて行くつもりですか?」


壁にもたれて立ち、腕組みをした豪太が低い声で問う。

桐人は肩をすくめて苦笑すると、静かに言った。


「捨てるだなんて人聞きが悪い。ほら、可愛い子には旅をさせろってやつだよ」

「……実際に遠くへ旅立つのは相良さんの方ですけど」

「揚げ足を取らない」



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