恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「“ひとり”だなんて寂しいこと言わないでよ。俺とか、事務所の皆がいるでしょうが」
笠原の言葉に、琴子はあたたかい気持ちになってコクンと頷いた。
彼は、桐人に良く似ている。女性に優しく、冗談が上手くて、正義感が人一倍強い。
きっと桐人は、笠原がまだ日本にいたころ、先輩弁護士である彼にあこがれていたのではないだろうか。
「……相良さん、もう日本に着いたでしょうか」
空を見上げ、たまたま上空を通りかかる飛行機を眺めた琴子が言う。
梅雨のないニューヨークの六月の日差しは眩しくて、目に染みる。
「どーでもいいよあんな奴。“日本に飽きた”とか言っておきながら、取りたい資格だけ取って、たった五年で帰っちゃうんだから」
それよりランチにでも行こう、と誘い、琴子の返事を待たずに歩き出してしまう笠原。
きっと桐人のことが可愛いから、彼が日本に帰ってしまったことが残念なのだと思うと、なんだかその不貞腐れた姿が可愛らしく思える。
「丈二さん、私、汗びっしょりだから、シャワー浴びたらまた連絡します」
琴子がそう告げると、振り返った笠原が冷やかすように口笛を吹いた。
「俺との約束の前にシャワーを浴びてくるだなんて、これは期待していいの?」
「……お料理のグレード次第ですかね」
「ははっ。言うようになったなー。琴子ちゃんもきっと弁護士向いてるよ」
「そんな。まだまだです」
やんわりと否定した琴子だが、胸の内には静かな野望を抱いていた。
笠原の事務所でアシスタントをしいるうちに、弁護士と言う職業に興味を抱くようになったのだ。
(……今はまだ無理でも、いつかは)
いつ死んでもいいと思っていた。
遺言まで用意しようとしていた。
そんな過去の自分は、重いコートを脱ぎ捨てるようにして、日本に置いてきた。
身体も心も、もっと強くなりたい。
そして、桐人や笠原のように優しい人になりたい――。
そう願う琴子の瞳は、公園の噴水に反射する陽の光を映してきらきらと輝いていた。