恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜




相談を終えた琴子をビルの外まで見送り、雪のちらつくなかにその儚げな背中が消えていくと、桐人は寒さに身を縮ませながらポケットのスマホを取り出す。

時刻は午後二時を過ぎたところだが、厚い雪雲のせいで、あまり昼間だと言う感じがしない。


(遅いな……)


一気にかじかんでくる手で画面に触れ、【沢野夏耶】の名を出す。

すかさず発信して耳にスマホを当て電話の相手が出るのを待っていると、視界の端に水色の傘が映り込み、同時にコール音が途切れた。


「……ゴメンなさい、差し入れ買ってたら遅くなりました」


電話越しと、それからすぐ近くで直接耳に入った声に振り向くと、無邪気に微笑んでコンビニ袋を差し出している、背の低い女性の姿。

小首をかしげると、ふわりとしたピンクブラウンのボブヘアが揺れる彼女こそ、相良法律事務所のアルバイト事務員、沢野夏耶(さわのかや)だった。


「おお、気が利くじゃん。コーヒーとおでん? 相性は微妙だけど、温かそうだから許す」

「からしもちゃんと二個もらいました」

「よし。さすが相棒」


桐人は犬を褒めるようにわしゃわしゃと夏耶の頭を撫でると、得意げに微笑む彼女と事務所の中へ戻って行く。

相良法律事務所は、桐人と夏耶と、それから今日は休みを取っている若手弁護士、中野豪太(なかのごうた)を入れてたった三人の職場。

依頼される仕事の数もそんなに多くはないが、桐人の評判はよく、事務所の経営状態はまずまずといったところ。

夏耶もアルバイトの身であるものの、去年予備試験には合格している。

今は桐人の事務所で仕事をしながら5月の本試験に備えて勉強していて、合格して司法修習を終えれば、一人前の弁護士として戦力になる予定だ。



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