恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


(……昨日のことは、先生のせいじゃない。でも、先生としゅんぺーの間に何かがあったことも確かで……)


「……せんせ」

「はいはい?」

「ちょっと、お聞きしたいことが――――」


夏耶がそう言いかけたとき、事務所の扉が開く音がした。

豪太が出勤してきたのだろうと思った二人が扉の方へ視線を注ぐと、そこには雨に濡れた傘を手にして、申し訳なさそうにこちらを窺う琴子の姿があった。


「……ゴメンナサイ。まだ、開いてませんか?」


夏耶は琴子の名前は知っていても、顔は知らない。

単純に、桐人の依頼人なのだろうかと、首を傾げて彼を見る。

すると彼は一瞬難しい顔をして何かを考えたようだったが、すぐにパッと顔を上げるといつもの軽薄そうな笑みを浮かべて、入り口に佇んだままの琴子に近付いて行った。


「……いや、全然大丈夫ですよ。ちょっと場所変えましょうか。今日はうるさいのがいるんで」

「……うるさいの?」


不思議そうに呟いた琴子が夏耶を見る。


(うるさいだなんて失礼な……でもあの様子じゃ、依頼人というよりは、先生のカノジョのうちの一人と考えた方がよさそう。……あの人、美人だし)


琴子にわからないくらいの小さなため息をついた夏耶は、彼女にぺこりと頭を下げてから桐人をにらんで言う。


「先生に仕事がきたらすぐ呼び出しますからね。あと、午後は裁判所に行く予定も――」

「わーかってるって。じゃあ留守は頼んだ」

桐人はそう言うと琴子の背中に手を添え、彼女を紳士的にエスコートしながら事務所を去って行く。

その姿を、夏耶は呆れたような眼差しで見送っていた。



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