恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜





依頼人と話をするときに桐人がよく使う喫茶店は、雨宿りに使う人がいるせいかいつもより客の数が多かった。

それでもBGMの軽やかなピアノジャズが耳に届くくらいの静けさはあり、アンティーク調の家具に囲まれた落ち着いた雰囲気の中、彼は琴子と向き合って座る。


「……すみません、突然」

「いえいえ。お気になさらず。今日はどうしました?」


今日の琴子は、はかなく頼りなげな様子にいっそう拍車がかかっているように見える。

タイミング的に同窓会の件だろうかとも思ったが、さっきの夏耶の様子を見る限り、琴子の婚約者と夏耶との間には何も生まれなかったのだと勝手に決めつけていた桐人は、何か別件での相談だろうと完全に油断していた。


「これ……相良さんに、聴いて欲しいんです」


琴子がテーブルの上を滑らせるようにして彼に差し出したのは、USBメモリを思わせる小さな機械。

話が見えない桐人が眉根を寄せて琴子を見つめると、彼女は淡々と、その正体について語り出す。


「……少し前、彼の携帯を見たんです。そしたら、高校の同級生らしい女の人とLINEのやりとりをしていて……“夏耶がいまだに誰とも付き合ってないのは、アンタを引きずってるからだと思う”……そう、書いてありました」


夏耶――その名前を聞いた途端、桐人の胸に複雑な感情が渦巻く。

今、自分が味方すべきなのは、紛れもなく目の前の琴子である。

それをわかっていても、夏耶の純粋な想いをそばで見つめてきた桐人は、琴子の話を冷静に聞いていられるかどうか、自信がなかった。


「それに対して彼は、“俺も、夏耶とはいつかちゃんと話さなきゃと思ってた”って返していて……私、その、カヤって人のことが頭から離れなくて……」


運ばれてきたコーヒーには、二人とも口をつけようとはしなかった。

苦い香りの漂う中、窓にはいっそう強くなってきた雨が打ち付け、重苦しい空気が彼らのテーブルを包み込む。



< 60 / 191 >

この作品をシェア

pagetop