恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


それから夏耶はタクシーで自宅に帰っていったが、事務所で会ったらどんな顔をしようと、桐人なりに少しは気まずさを覚えていた。

が、そんな心配をする必要は全くなかった。

翌日二日酔いで出勤してきた夏耶は、バーを出た後の出来事をすべて忘れてしまっていたのだ。

おかげで二人の関係は普段通り、あの夜は何もなかったことにして、真実は桐人の記憶の中だけにとどまっていた。


それから時間が経って、今の桐人は夏耶に特別な感情を抱いている。

そして、そんな彼の気持ちに気づこうともしない夏耶。

彼は彼女に苛立ち、あの夜起きたこと――その事実をねじまげて彼女に伝えることで、くすぶる想いを何とか抑え込もうとしていた。


「……前にここに来たとき、沢野潰れたでしょ? あのあと、俺がお持ち帰りして美味しくいただいたんだもん。覚えてないみたいだから、今まで黙ってたけど」


咥えていた煙草を指に挟んで、おかしくもないのに、桐人は笑っていた。

そんな彼を、夏耶は信じられないという風な瞳で見つめる。


(うそ……私、あの夜、先生と……?)


夏耶がいくら思い出そうとしても、大事なところで記憶にもやがかかってしまう。

もしもそれが本当なら、自分の処女は俊平でなく、桐人にささげたということか。

それなら同窓会の夜、純愛ぶって、俊平の前ではにかんだ自分は何だったのだろう。

一途どころか、酔いに任せて好きでもない上司と寝るような女かもしれないのに……

夏耶は桐人の嘘を鵜呑みにして、それが自分の本来の姿なのかもしれないと思うと、愕然とした。



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