恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


「そもそも、相良さんを誘ってくる“ジョージさん”って、何者なんですか?」


豪太の問いに、桐人は目をぱちくりさせる。


「お前、仮にも弁護士のくせして知らないのか? “笠原丈二(かさはらじょうじ)”の名前」

「笠原……? ってまさか、例の事件で相良さんの前任弁護士だった、あの……?」


コクンと頷いた桐人。
豪太の脳裏に、ひとつの裁判の記憶が蘇る。

彼が桐人の弟子になりたいと切望するきっかけになった、ひとりの女性の冤罪を晴らす裁判である。

そしてその数年前、彼女が有罪判決を受けてしまった裁判を担当したのが、笠原丈二。

その間違った判決は弁護士の力不足というより検察側の不正が原因だったはずだが、それでも彼の無念さは計り知れない。

弁護士笠原丈二の名は、法曹界でそれきり名前を聞かなくなった。


「無実の女の子を有罪にしたショックで、丈二さんアメリカに隠居しちゃったんだ」

「そうだったんですか……」

「ま、でも、向こうで元気にやってるみたいだけどね。それで、“こっちにいると、日本では見えなかったものが見える。お前は実力があるが、幅広い知識と経験をもっと積んだ方がいい”とか言って、俺にも渡米勧めてくるってわけ」


桐人が笠原丈二に誘われている経緯はなんとなくわかったが、だからと言って桐人がこの事務所を去ることはとうてい認められるはずがないと豪太は思う。


「でも……断ればいい話ですよね、それ」

「んー、まぁね。でもちょっと、日本(ココ)を離れたい気分なんだよね、最近」

「俺が頼りない部下だからですか……?」

「違う違う。……もっと、限りなく個人的な理由」


豪太のせいではないと念を押すように、彼の肩にポンと手を置いた桐人は、静かに夏耶の席まで行って、そっとデスクを撫でる。

その様子を見ていた豪太だが、夏耶が桐人の“限りなく個人的な理由”であることには気づかず、どうしたら彼を引き留められるのか、そのことばかり考えていた。



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