阿漕荘の2人

小鳥遊くんの恋人 9

練無side

「わぁわぁ

前も思ったけどやっぱし海風が気持ちいいな」

夜だし、ここなら、あまり見られないと思ってたが
やはり紫子は目立つ

長身のくせにパンプスなんて履くからだ

それになんだその短いスカートは!

僕が履くスカートは絶対に膝なんて見せないだぞ

あー
僕ったら
おっさんみたいだなぁ


でもホームといい
電車内といい


みんなしこさんの脚ばかり見るんだもんな


しこさんったら

いつもはジーンズだから

此処まで真っ白なスラリとした脚の

持ち主だなんて

知らなかったしなぁ

はー

「どうしたんや、れんちゃん?
さっきからため息ばかりついとるで

ぎょーさん詰まった知識も
漏れちゃうで」


「いいや、僕もスカート履いとけば
いくらかはこっちにも
目を向けるかなって後悔してたんだよ」


「なんや、れんちゃん
そんなに男装いやなんか?」

「男装って……」


「そないことゆうてないで
早よいくぜい」

「あー、しこさんったら
パンプスなんだから

走っちゃだめだよ」

スカートが風に揺れて

さらに脚が見えるじゃないか

しこさんったら

普段スカートなんて履かないから

警戒心が薄いんだ


「ここなんてどうや?」


砂浜に新聞紙を広げて紫子が座った

紫子はパンプスを脱ぎ、横に置いた

「しこさん

髪長いの似合うね」


「れんちゃんも似合うで」

「そうじゃないよ」

カールした紫子の髪が潮風に揺れる

練無もまた、紫子の隣に座り

スーパーの袋を開ける


「お酒どっちがいい?」


「まずはビールやな」

紫子がビールを手にし
買ってきた惣菜をあける

ピザ、お寿司、ギョーザ、コロッケ……


「れんちゃん、れんちゃん
乾杯しよう!」

紫子が羽織っていたカーディガンを脱ぐ

「なんで脱ぐの」

「白いから」

「後でちゃんと着てね」


紫子が着ていたカーディガンのせいで
あまり意識しなかったが

いや
脚のせいでもあるが

紫子の服はウエストが絞まっているせいで

身体のラインが強調される……



「かんぱーい!」
「かんぱーい」

「美味しそうやな」

「しこさん、お酒ばかり飲まないでね」
「うまいなー次は梅酒にしよー」

「しこさんが酔い潰れたら
僕運べないんだからね

ここに置いていくよ
海に流されて

気づいたら無人島だよ」

「なんか、東京島みたいやな」

「なにそれ」

「映画や
しらんのかいな」
「どんな内容」

「うちのお口からは言えませーん

お口にミッフィー!」

「ミッフィー?」

「ミッフィーのお口知らんの?」

「あれ、鼻じゃないの」

「そうやったけ」


けらけらと笑うしこさん

少し酔ってきたのか

それとも潮風のせいか

ほんのりとピンク色の頬……


そして……


あーもぅ!

なんで、そこばかり目がいくんだ



一度気づいたら見てしまうのか



いや、

僕は思ってない、思ってない


思ったよりも大きいなとか

あーもぅ!


今は海に来てるんだぞ


そっちはいつでも見れるだろう

今は

目の前の幻想的な風景に

心を奪われる時だ


あれ?


そういう理屈かな?


「れんちゃん?

なんか、こころ此処にあらず?」


「しこさん……

僕も酔ってんのかな?」


「もう?早すぎるで?

カップラーメンやないんやから

もうちっと我慢せな」

夜の海に訪れるカップルたちは

僕たちだけじゃない

いや
僕たちもカップルじゃないぞ

はぁ


「なぁ、れんちゃん

キミに聞きたいことがあるんだ」


「なにかな、身長以外なら教えるよ」

「あれ?れんちゃんは
いつから身長コンプレックス持つようになったん?

今までは背が小さい僕可愛い!!

って言うてたやろ」

「んん〜
しこさんとの身長差がね10㎝もあるじゃん

そんでしこさんがヒールなんて履いたら

15㎝くらいあるじゃん」


「それがどうしたん」
「やっぱりさぁ
僕も男だからね
しこさんより身長高ければイロイロ

出来るなって思ったの」

「イロイロって」

「ジャーマンキックとか」

「それ、今でも出来るで」

「カルタとか」
「それ、もはや身長、関係しないで」
「何が聞きたいの」

「うちがれんちゃんに写真送ったとき

なんでうちが事件に巻きこまれてる


って気づいたんやろってこと」

「下駄だよ」

「下駄?」

「僕がすれ違ったしこさんは下駄を履いてた」

「うーん、わからんなぁ」

「海浜公園ならミュールとかサンダルとか……

少なくとも下駄は履かない

しこさんは一度、阿漕荘にもどって

下駄に履きかえた」

「そんで」

「それだけだよ

お嬢様育ちのしこさんがわざわざ下駄に履き替える

つまりミュールやサンダルじゃ格好がつかない場所に

急遽行くことになった」

「うーん??そんだけ」

「後は、携帯だよ

僕は一度、携帯に電話したら一方的に切られて

二度目は電源が切られた

もし、しこさんがある程度畏まった場所にいくなら

最初っから電源を切ってる

まぁ深夜2時までしこさんが

そんなところにはいないと思った」

「マナーモードかもしれへんやろ」

「そうだね、それじゃ、この推理は
ボツだね」

「なんや適当だなぁ」

「信じたくなかったんだよ、単純に」

「……何を」

練無がビールを置いて
横に座る紫子を見る

「しこさんが男といるんじゃないかってこと」

「うちに?男?ありえへんやろ」

「それ、絶対に?」


「今のところはな」

「ねぇ、しこさん、他の男の子と
こんな風に海に来た事ある?」

「なんやそれ」
「来たことある?」

練無がじっと紫子を見る

紫子は思わず目をそらす

「海はないな……」

「何処ならあるの?」
「何処ってな、うちやって20年寝て過ごしたわけじゃないんやで
そないなこと、いちいちれんちゃんに

教えられるかい」

「僕は知りたい」

「知ってどうするん」

「たぶん、キズつく」

「きみ、Mなんちゃうか?」

「ぼくはN.Tだよ
ネリナ タカナシ」

「それやない」

「邪魔だなぁ」

「何がね」

「食べ物」

「まだ残ってるで」

「……そうだね」

2人はまた食べ初めた

ビールをすでに2本飲み紫子も練無も

酔い始めていた

紫子は梅酒を練無はハイボールを飲む

惣菜のゴミを袋に入れ、口を結ぶ


「今何時やろな」

「9時くらいかな」

「早いような遅いような」

「タイムリミットまであと1時間」

「なんのタイムリミット?」

「しこさんをお家に帰らせるまで」

「そりゃ無理やで

今すぐ出ないとな」

「ねぇ、しこさん

帰りたい?」

「まだ、帰りたくないな」

時間も遅くなるに連れて

人々も帰路に立ち


砂場にいるのは練無と紫子だけ

「ねぇ、しこさん」

海を見ていた紫子が練無を見る

「さっきの言葉

僕以外の男に使っちゃだめだよ」

「なして」

「殺し文句だから」

「なんでれんちゃんはいいの」

「……僕はしこさんなら
殺されてもいい……」

「……れんちゃん変やで……

命は大切にしなあかんで」


練無は海を見る

練無と紫子の間にあった惣菜も

今はない

手を伸ばせば届く距離に

紫子はいる

紫子が長い睫毛をふせる

淡いピンク色の頬

長く白く伸びた脚


豊かな胸

ふっくらとした唇



練無は意識するたびに

熱い衝動に襲われる



はぁ……



自覚した途端にこれだもんなぁ……



「なぁ、れんちゃん

うち、別に今夜は此処で野宿してもいいで」

「…だめだよ、寝れるわけないじゃん」

「夜行性やから
一晩くらいオール出来るで」

「僕がだめだ」

「れんちゃん、眠いのかい」

「違うよ
………心臓がもたないんだ」


「どうゆうこと」

「そのまんまだよ」


練無は紫子の手を掴む

紫子の手は自分が思った以上に小さかった


「どうしたの、れんちゃん?」

「やっとしこさんに触ることが出来たね」

「……この前のこと、根にもってるんかい」
「あの、怯えた顔はもう忘れられないよ」


「ねぇれんちゃん」

「どうしたの」
「なんか、うちの思い過ごしやなかった

たぶん、なんかうちら変やで、今」

「ほんとに?
そんな感じする?」

「……うん」

「ねぇ、しこさん?」

「なに?」

「ホテル行こう」

「………………えっ」

「ダメかな
このまま此処で野宿するより
ずっといいと思うよ」

「…………別の部屋だよね」

紫子が恐る恐る聞く



練無は答える


「なに言ってんの、しこさん!

当たり前じゃん!

それともなに?同じ部屋がいいの?」


ニコニコと笑う練無

つられる紫子


「なんやー
もーびっくりさせへんといてなー」


紫子はすっかり安心して
梅酒を飲む


その姿を練無は横目でみる



しこさん……



ごめんね……怖がらせて……



「しこさん」

「どしたの、れんちゃん」

「好きだよ」

「なんや、れんちゃんったら
照れるなー
うちも好きやでー!

最高の友達や!!」


「…………うん、友達…だよね………」



練無の心に何が重くのしかかる



練無はそれが何であるか

わかっていた


…………ごめんね



…………僕はね、本当は……
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