阿漕荘の2人

第4章 メランコリー

レイン

紫子side

10月も終わりに近づく頃
阿漕荘の最寄り駅である茅駅の近くにある大型スーパーでは
ハロウィンの準備をしていた

大きなカボチャの中身がくりだされ

細長い目とギザギザな口の形に

ナイフで切られていくのを

野次馬の集団の中にいる紫子も

雨が降る中見ていた


あの、カボチャの中身

きっとこの後、スーパーの惣菜になるんやろなぁ

なんか、あんまり食欲湧かんよなぁ

そないことゆうても


捨てられるよりなんぼましか


それにしても

うちが子供の時なんか

ハロウィンのハの字も知らへんかったのに

今やトリック ア トリートや


なんかそんなコトしたなぁ


うちも、もうちょい遅く生まれてたら

トリック ア トリート出来たのにな


この歳でやっても

また、馬鹿にされようやし…………






乙女心と秋の空は変わりやすい


とは、よく言うものである


紫子はその見た目に反して？


実は中身は純情な乙女心の持ち主である


隣に住む紫子の友人T氏には
秘密にしているが
毎月、実は月間の少女漫画を買っている

紫子曰く、断じて恋や愛に飢えているわけではなく
1度ハマってしまうと
抜け道が見出せない性格だからだ
ということらしい

それが、事実かどうかは紫子だけが知っている



人は誰しも秘密を胸の奥底に秘密を抱いているものだ………



この日の紫子はまるで秋空のように

不安定で複雑な心境だった

それは、この日が

先日、やむを得ない理由で彼女の前から

消えた桜花 櫻子の20歳の誕生日だったからだ………



はぁ、今夜はもう家帰って


飲んで寝てしまおうやないか


スーパーでビールとつまみにチーズとか

買ってかえろ…………


紫子はスーパーの袋をぶら下げながら

雨の中、帰路に立った


「香具山さんですか？」


紫子が阿漕荘の階段を上り、左奥の自分の部屋に目を向けると


荷物を抱えた黒いネコのイラストの缶バッチを胸につけ、
緑のツナギを着た宅配人らしき男が
紫子に話しかけた




「そうですけど……」

「助かりました

これ、生ものなんですよ


サインをお願いします」


男は紫子に3本100円で売ってそうな安物のボールペンを差し出した

紫子はサインをし、伝票を受け取る


伝票は雨で少し濡れ、シワがついていた


紫子は不思議に思った


実家からの食べ物の援助は時々受けているが

いつも、日持ちがする物だ

それに、紫子が受け取った縦横20㎝ほどの小さめの白い箱は

冷蔵庫に入っていたためか

ひんやりとしている


何より疑問に思ったのは


送り主の名に全く覚えがない
否、よく知ってる名前であったのだが………







受け取ったはいいけど……


どうしよ…………




それになぁ


この送り主………




『真矢みき』って………





うち、プロアクティブ使ってないんやけどなぁ



うちが知ってる『真矢 みき』とは


違うんやろか………




危ないよなぁ、




詐欺ぽいよなぁ……




生ものってクーリング オフ



きかへんよな…………




あーもー



何かあったら、仏の練無や


れんちゃんになんとかしてもらお






なんとも、短絡的な娘である……


香具山 紫子はその包みを開けた………









「これ………………」








彼女は全身の力を無くし



その場に崩れる



もはや、彼女に



立つ気力は無かった………




腰を落とし、頭を下げ




箱の中身を一心に見つめる




外は雨




屋根から雫が落ちる





静かに呼吸




自分の息の音



自分の呼吸




箱に手を伸ばす



どうしたのだろう




自分は何をしているのだろう？





とても、長い時間が



ゆっくりと永遠に流れるような気がした



背後に誰かが立っている




傘を閉じる音がする





彼女の名を呼んでいる





彼女は振り返る







誰かは彼女に近づく




彼女は温もりに包まれる






彼女は静かに




そして繊細に




泣いていた…………