阿漕荘の2人
紫子side

練無の長い睫毛が頬をかすめた


彼のくちびるがゆっくりと離れていく




時間が止まったかのような沈黙。




もう、2人は戻れない






「れんちゃん………いま…………」









「ごめん……………」








「なんで……………」









「森川のこと…………好き?」










「森川くん…………?」





「森川は……………」




練無は静かに語り始める










「森川は………いい奴なんだ……
だから………僕は………
きっと………きっと……………」







「れんちゃん………?」









「僕は、アイツの親友だから………
きっと………認めてしまう………
だから……お願いだから…………」








練無は徐々に紫子に迫る

紫子は壁にもたれるが、それでもなお、
彼は近づく


彼の呼吸が紫子にかかる


紫子はただ無力に彼を見る








すると、練無は突如、苦笑し始めた











「ああ……これじゃだめなんだ………
引き留めるだけじゃ………だめなんだ
僕は……全てが欲しい……」










「れんちゃん………どうしたん……?」








練無の目は色も光も持たない









ただ、彼の苦笑が部屋に響くだけ











「好きなんだ………たまらなく、愛してる………どうすることも、出来ないんだ
…………」










「れんちゃん……それって………」







「選んで」







「えっ?」








練無はうつむき、言葉を続ける









「ここに残るか、それとも出て行くか
…………選んで」








彼の震える声が








震える指が








その視線が









紫子を捕らえる








「…………ここに残ったら……
どうなるん…………?」








紫子は聞き返す










練無は壁を手で押さえ










紫子の耳もとでささやく










「どうなるか、知りたいの?」












ーそれは、悪魔のささやき
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