阿漕荘の2人

サンタクロースの忘れモノ 7

紫子side

練無は紫子の手首を掴み、公園から飛び出した


先ほどから紫子は幾度も彼の名を呼んでいるが
一向に答えない



「れんちゃん……………痛い………

ねえ、れんちゃん………」


れんちゃんはどうしてここにいるんだろう


なぜ、怒っているんだろう



森川くんはなぜ……………キスを



右手首がヒリヒリと痛む



彼の強い力が自分を何処かへ連れていく




なによりも自分は……………





泣きたい気持ちを押し殺し
何度も目をつぶる



彼は何処に自分をつれていくのか



住宅街を走り行く



ゲートを照らす豆電球が



2人の影をなす




彼の影を追いかける




地面は薄っすらとした雪化粧




細雪が暗い夜空から舞い落ちる



イルミネーションのトナカイは



真っ赤なソリを引いている



今宵はクリスマスイブ




サンタは子どもたちの笑顔と引き替えに




沢山のプレゼントを届ける




自分はもう、子どもじゃない




プレゼントは貰えない…………






阿漕荘に着いた2人は
二階へと駆け上がる



森川邸の電気は点いてる


若い騒ぎ声が聞こえる




でも2人が入ったのは




左奥から2番目の部屋




ひんやりとした空気が



2人を出迎える




練無は鍵を開け、紫子を入れる


乱暴に離した彼の手は




部屋の鍵を閉める




電気を点けないのかと
紫子は聞く




しかし練無は答えずに
彼女を部屋の中へと追いつめる




カーテンの開いた窓から月の光が漏れる



練無の短い呼吸音が響く



吐く息は白く、長い




鼓動が一度




2人は見つめ合う





長い沈黙






「れんちゃん…………」


「どうしたの」


予想外の優しい声で、彼は答える




「どうして、殴ったの………?
暴力はあかんよ…………」




「森川のこと?」






「そう」




「どうして、森川のことを聞くの?」






「だって……………」





「どうして、僕がいるのに森川のことを聞くの?」




彼の優しい声は震えていた




紫子は彼に近づき、うつむく彼の頬を触る



「これはなに?」


頬を触る紫子の手を練無は掴む


「泣いてるかもと思ったんや…………」




練無はその手を引き寄せる




それは一瞬の出来事。





目を瞑ることさえできない




口もとに小さな吐息











短いキスは彼女に気づかせる







もう、友達には戻れない











これが恋だと……………




気づかせる。
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