きみと駆けるアイディールワールド―青剣の章、セーブポイントから―

★現実 りある

 のどが渇いて目が覚めたのは、夕方だった。午後五時過ぎだ。あたしは起き上がって、ベッドサイドのタンブラーの水を飲んだ。
 今回の発熱は、アレルギーの影響じゃなくて、疲れがたまっていたんだろうと思う。あたしの体はもろい。幼い子どものように、すぐに熱を出す。
 熱が上がるのはあまり怖くない。眠って、やり過ごせる。あたしがいちばん怖いのは、のどの湿疹《しっしん》。かゆくなって腫れて粘膜が傷付いてしまったら、歌えない。唄を取り上げられてしまえば、あたしは生きていけない。
 あたしは目を閉じた。まだくっきりとした記憶がある。長い長い夢だった。
 夢の中では幸せだった。お花見をして、川べりを散歩して、道場へ行って、源さんの料理を手伝って。
 でも、象徴的だった。みんな一足先に歩いていく。あたしは追いていかれそうになる。斎藤さんだけがあたしの隣にいた。あたしを導いて、守るように。
「沖田さんも、先に行ってしまう」
 ああ、そうだ。朝綺先生に連絡しないと。
 あたしはコンピュータを起動した。昨日ログアウトした形のまま、スリープ状態だ。ゲームアプリ『PEERS’ STORIES』は開きっぱなしで、リップパッチとコントローラも置きっぱなしだった。
「沖田さんのせいで、熱が出たんですよ」
 セーヴデータのアイコンに愚痴を言ってみる。
 沖田さんのせいなのに、夢の中では知らんぷりで、謝りもせずに笑っていた。むしろ、斎藤さんのほうが遠慮がちで、申し訳なそうな表情をしていた。
 胸が切なくなる。沖田さんの笑顔も、斎藤さんの手のひらも。
 あたしはピアズのサイドワールドに入った。メッセージボックスを開いてみる。新着が一件あった。
 from : Laugh-Maker
 朝綺先生からだ。メッセージを開いてみる。

〈体調、大丈夫か?
 18:00までに返信がなかったら
 今日は本編を進めないことにする
 18:00より前にメッセ確認できたら
 インする/しないの返信よろしく
 無理はするなよ〉

 返信のタイムリミットまで一時間近くある。あたしは朝綺先生への返信を作成した。

〈熱が下がりました。
 ご心配をおかけしました。
 午後八時にログインします。
 よろしくお願いします〉

 そっけない文章だ。今日だけは仕方ない。そっけない心でいなきゃ、ログインできない。
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