十一ミス研推理録2 ~口無し~
1.都立明鏡止水高等学校ミステリー研究部
 都立明鏡止水高等学校ミステリー研究部の部室は校舎別館の最上階、階段をあがった突きあたりに存在する。
 別館の最上階には、ひとクラスに相当する数のパソコンが置かれている教室や、映写機を設置している教室が並んでいる。特別教室とされる授業の場が並んでいるので、通常の時間帯には、ほとんどの生徒が立ち寄らない。
 だから、ミステリー研究部の部員たちは静かな場を求めて昼食は必ずここに食べにくる。
 父親が警視庁刑事部トップの刑事部長であり、ミステリー研究部の部長でもある東海林(しょうじ)十一朗(といちろう)も例外なくここにくる。幼馴染みの三島裕貴(ゆき)も当然というようについてくる。
 オマケというと失礼だが、部員の氷川(ひかわ)零(れい)、通称ワックスも購買パン片手に駆けつける。
 現在のところ、部員は三名。全員が三年生で来年は卒業、ミステリー研究部廃部という事態に直面している。
 いや、それ以前に部室の確保が危うい。部室は五人以上いなければ与えられないのが、学校の決まりだ。ミス研部員にとっての憩いの場のピンチである。
 しかし、その憩いの場の状況は、この一か月間で一変して戦場に近い有様になっていた。
「だから、言ってるだろ東海林。俺たちが入部してやるって言ってるんだって。ありがたく恩を受けろよ!」
 前は誰も訪れなかった空間に、今は昼休みともなると数十人の生徒が大挙して押しかける。それは放課後でも変わらない。
 数十人の生徒はそれぞれがある『野望』を片手に、一か月前には興味も示さなかったこの場所に訪れているのだ。
 十一朗は母の作った特製弁当のアスパラベーコン巻きを咀嚼し終えると、席を立った。
 そして数十人の生徒たちの前に進み出て、全員の顔を反芻するように繰り返し見る。
「恩を売ろうとしているみたいだけど、その好意なら受けないよ。校長が俺たちの卒業までは部室を貸すと言ってくれている。あと、みんなの入部理由は? 全員が二、三年生みたいだけど、前の部はどうしたんだよ? 退部したのか?」
 十一朗の質問に全員が顔を見合わせて口ごもった。明らかに裏がある行動だ。
 それが、一か月前まではこなかったのに、今になって訪れる理由でもある。
「そいつ等の考えることなんて、単純明快すぎて推理にもなんねえよ」
 声をあげたのは部員のひとりであるワックスだ。絶対に乱れないように固めた、自慢の髪形を整えながら、購買では売り切れ必至、希少価値とされる焼きそばパンを口にくわえて、十一朗の隣に立つ。
「どーせ、ミス研の名誉ある褒賞のお零れを頂戴したくてきたんだろ?」
 嫌味っぽく言うワックスの口調に逆切れしたのか、先頭にいた生徒がくってかかった。
「うるせえ、お前と交渉はしてねえよ。お前だって人のこと言えないだろ。推理とは名ばかりのオマケだもんな。久保の菓子に釣られて入部したって聞いたぜ!」
 ワックスが眉間に皺を寄せた。殴る数秒前だ。しかし、十一朗はワックスが拳を引いた瞬間に、二人の間に割って入った。二人が十一朗の行動に目を丸くする。
 十一朗はそんな二人の反応に構わず、罵倒を浴びせてきた生徒の胸倉を勢いよく掴みあげると、怒気のこもった視線で睨みつけた。一触即発の場面を前に、その場にいた全員が息を呑む。
「うちの部員を馬鹿にするなら帰れ……ここにはお前の居場所はない」
 いつもとは違う十一朗の雰囲気に、ワックスのほうが退いた。周りにいた生徒たちも波が引くように、距離を保ちながら状況経過を見守っている。
 全員の反応を一瞥した十一朗は、つかんでいた生徒の胸倉を乱暴に放した。押し出された勢いで体勢を崩した生徒は、後ろにいた者たちに寄りかかる。
 絶対に言い負けしないという自信があったのだろう。胸倉をつかまれた生徒はズタズタに引き裂かれたプライドを維持するかのように、怒りで充血した眼を十一朗に向けていた。
 そんな生徒を前にしても十一朗は退かなかった。十一朗にとってミス研部員は友達や仲間以上の存在なのだ。心の友を愚弄された怒りは、謝罪だけでは収まらない。
< 3 / 53 >

この作品をシェア

pagetop