十一ミス研推理録2 ~口無し~
「ミス研部員に必要な能力を知っているか? 観察眼だ。ここにいる誰が何組でここに何回きているのか、どの部に所属しているのか、全て俺の頭の中にある」
 十一朗は再び、きている生徒全員の顔を見た。中には慌てて顔を隠す者もいる。途中で退部した理由がミス研のお零れ褒賞を欲しいからなどということでは、クラス全員の笑い者になりかねないからだ。
 更に十一朗は、この歓迎されない客人たちを追い返す策を巡らせてから口を開いた。
「だけど、どうしてもという奴がいるなら入れてやってもいい。けど、今から出す問題を解けたらだ」
 十一朗の言葉にワックスのほうが「問題?」と声を裏返して息を呑んだ。
「警視庁と警察庁の違いは?」
 十一朗の問題に答えられない生徒が、相手が悪いともいいたげに、ひとり、またひとりと去っていく。
 それでもこの問題に立ち向かおうとひとりの生徒が「警視庁のほうが警察庁より偉い」と答えた。これを聞いたワックスが愉快そうに笑う。
「答えになってねーし、間違ってるし。違いは警察庁が国の行政機関のひとつで、警視庁は都の公安委員下の機関! そして警察で一番偉い地位にあるのは警察庁長官」
 さらりと答えたワックスを見て、部室内にいた裕貴のほうが「嘘……」と呟いた。
 呟いた裕貴を十一朗とワックスは同時に振り返って見た。すると裕貴が慌てて手を振る。
「知らなかったってわけじゃないわよ。ワックスが答えられたのが意外だったってだけ」
 ――多分、知らなかったのだろう。というよりも、あの生徒の答えが正解と思ったに違いない。
 十一朗は息を吐くと、残っていた他の生徒たちを見た。
「本気でミス研に入部したいのなら、それなりの興味をもってきてくれなきゃ困る。それに、あの事件があって、まだ一か月だ。俺が何を言っているのかは、もうわかるよな?」
 十一朗の見えない言葉の刃に切りつけられて、生徒たちは負けを認めて姿を消した。
 これでしばらくは、騒ぎも収まることだろう。
 部室に入って部長席に座った十一朗が、探偵ものの小説を読みはじめると、ワックスが隣の席に座ってから言った。
「ありがとな、プラマイ」
 思いがけないワックスの言葉に、十一朗は顔をあげた。ちなみにプラマイは十一朗の名前を文字った渾名だ。幼馴染みの裕貴もそう呼ぶ。
「何が?」
 ワックスがお礼を言ってきた意味がよくわからなくて、十一朗は応えずに訊いた。
「かー……惚けんなよ。あいつの胸倉つかんですごんでくれたろ。お前さ、俺に対してそっけない時があるから、そんなに俺のこと気にしてくれてないのかなと思っていたんだよな。だから、意外な面を見たと思ってさ。嬉しかった。感謝してるよ」
 予想外のお礼に十一朗は困惑した。向かいの席にいる裕貴が含み笑いを浮かべている。
「正直じゃないもんね。プラマイは……だけどねワックス。プラマイはみんなのことを気遣ってくれてるよ。あの時だって……」
 一か月前に発生した公開自殺――その裏に自殺屋がいる。ミス研部の一員だった久保京子は、いち早くその蔭を捉えて自殺屋に近づいた。
 だが、事件に深く立ち入ってしまったために、自殺屋の手にかかって命を落とした。その自殺屋の正体をつかんで自首に追いこんだのが他でもない十一朗だ。
 事件が解決したのは一か月前。その真相は多く語られていないはずなのだが、噂とは怖いもので、どこからか話がもれて広がった。
 だから、自殺屋事件を解決したミス研部の一員。という称号が欲しくて、何人もの入部希望者が殺到しているのだ。
「別に俺は……あいつが平気で殺された久保のことを言ったから腹が立っただけだよ。それに、同じ想いを共有する仲間は、今は俺たちだけで構わない。違うか?」
 ワックスが裕貴の近くに寄っていって、「今のは本心?」と質問していた。裕貴は「半分本心、半分照れ隠し」と答えた。
 二人は隠れて話したつもりだろうが、その内容は十一朗にもしっかり聞こえている。
「あのさ、どうでもいいから早く昼飯食えよ。休憩時間終わっちゃうぞ」
 二人が時計を見て「やべっ」「ほんとだ」と慌てて、残ったものを口に放りこんだ。
 残り時間五分。そろそろ教室に戻っておいたほうがいいだろうと思った時だった。部室の前に立つ、ひとつの影に気づいた。
 先程、訪れていた生徒たちとは、全く違う印象を放つ女子生徒だ。一直線でこちらを見る純真な眼差しは、ミス研の称号が欲しくて訪れたというようには見えない。
 それに、学年を示す名札に付いた印の色は一年生に間違いない。本当の新入部員だ。
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