優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新
14.檜野の音色 -咲夜-
8月に突然、家を出て紫音先生の知人の家で生活することになった穂乃香。
穂乃香が自宅を出た後も、
俺は紫音先生の好意でそのまま伊集院邸で生活しながら、
悧羅へと通学していた。
戸惑いばかりの悧羅での生活も、ようやく慣れ始めた。
この学校も案外、楽しいのかもしれない。
そんな風に思えた部分もある。
「咲夜、今日も君は練習かい?」
「はいっ。
いつもジュニアとしての仕事があまり出来ず申し訳ありません」
「かまわないよ。
君には、紫音様の期待がかかっているんだ」
そういって悧羅の生徒たちは
紫音先生の存在を自分の誇りでもあるかのように語る。
ここでは、ずっと親の七光りとして育ってきた
俺のバッググラウンドは全く意味をなさない。
そんな環境が斬新だった。
「デューティ羚、いつも気にかけてくださって有難うございます」
「当然のことだよ。
秋のコンクールは何を演奏するんだい?」
「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を」
「あぁ、ラフマニノフも素敵な曲が多いね。
俺はバッハを弾くことの方が多いけど、
ラフマニノフも時折演奏するよ。
応援している」
「有難うございます。失礼します」
お辞儀をして俺は校舎を後にする。
悧羅での俺の生活を支えてくれるデューティーになった人は、
遊佐羚と言う、音楽を嗜む先輩だった。
10月下旬。
いつものように帰宅して、運指練習から入り、
エルのレッスンを受講した後、
暫くの間、自主練習を防音室に引きこもって続けていた。
ラフマニノフの課題曲から、
続いて演奏するのはオリジナル作曲20分程度。
合計約1時間の演奏会。
技術は勿論、楽団の調和、オリジナル性。
様々な課題は隠れるグランプリ本選。
古傷の腱鞘炎もカバーしながら、
手に負担がかかりにくい演奏方法を模索していく。
練習時間の合間に、何度も様子を見に行く真人の元。
その真人と会うたびに、いきいきと左手で演奏を奏でる檜野。
そんな檜野の存在を見ていると、
俺自身も少し何かをしたくなる。
それはちょっとした母への頼み事だった。
時差を考慮して、ワールドコンサートに回っている母親へと電話をかける。
「咲夜、どうかしたの?
コンクールへの仕上がりはどう?
この間の一時間レッスンした、飛鳥君だったかしら?
充実した時間になったみたいで、喜んでくれたわよ。
今はどの先生にもついてないのね」
「指示してた先生と方針が違ったらしくて、
今は決別したって言ってたからね。
それでも飛鳥はしっかりと自分で考えながら動けるやつだよ」
「そうね……。
咲夜、日本に行って少し変わったわね。
こっちにいるときは、周囲を気遣うことってなかなか出来る子じゃなかった。
でもそっちでは、友達のために何かをしようとしてる」
「そんなんじゃないよ」
「それで今度は母さんは何をしたらいいの?
また何かを頼みたくて連絡してきたんでしょ?」
そういう母も息子のことはお見通しで……。
「あのさ、真人の幼馴染の話なんだ」
「あぁ、ALSになってしまった真人の幼馴染?」
「そう。
檜野って言うんだけどさ、あいつ、闘病を続けながらもまだピアノのこと諦めてなくて
今も動かせる左手で必死に演奏を続けてる。
そんな左手も何時かは筋力が衰えて動かなくなるんだろうけどさ、
そんな恐怖もあるはずなのに、檜野は凄く楽しそうでさ。
だから檜野に何か思い出を作ってやってほしいなって。
昔もやってただろ」
「メイクアウィッシュの活動のこと?」
「あぁ。どこでもいい。でも少しでも早い方が檜野にはいいと思うんだけど、
何処かで一緒に演奏してやってよ。
そこに俺も一緒に出ていいなら出演するし。
檜野がピアノを今も続けるきっかけになったのが、泉奏多がきっかけらしいし、
彼を招待できるなら一緒に演奏って言うのも楽しいだろうし。
なんでもいいんだ。
檜野の為に何か力をかしてほしいんだ」
俺単独でのリサイタルはまだ開けない。
だけど母なら経験も実力もある。
檜野を支える真人のやり方は迷走している。
だからそのコンサートを通して、真人には自身の迷走を自覚してほしいと願う。
そして何より、あの日から今日まで真人の傍で見てきた、
檜野瞳矢と言う彼の生き様に、エールを送りたかった。
俺ならあんな風に前向きに音楽と向き合えるだろうか?
今の俺に檜野と同じ状態が起きたと仮定しても、
想像すら出来ない。
ただそこに広がるのは、生きてきた軌跡を全否定される感覚なのだろうなと推測する。
そんな恐怖と言う、言葉にするにはあまりにも軽すぎる感情を乗り越えて
今も力強く生きようとする檜野のピュアな心。
透明感のあるキラキラした音色はアイツしか辿り着けない領域なのだと感じた。
だからこそ……そんな檜野へ敬意をこめて……。
「咲夜、檜野君のことは母さんも覚えとくわ。
それより咲夜、今は私も母親らしいことをさせてもらうわよ。
コンクールの曲のレッスンをしましょうか?」
そんな母親の言葉に、俺はグランドピアノへと視線を向けた。
教会の鐘が厳かになるように、
ゆっくりと鍵盤へと指を落として、一気にアルペジオで指を鍵盤の上で踊らせていく。
そうして本来は、ロシア的な旋律がはオーケストラで重なって来るその部分に、
母のピアノの音色が混ざり合ってくる。
40分、ノンストップで本番さながらに演奏を続けた俺自身。
その俺の演奏に、40分オーケストラパートをピアノで寄り添い続けてくれた母。
「咲夜もこんなふうに演奏できるようになったのね」
演奏を終わった後、意味ありげに呟いた母。
「いつかお父さんの指揮で演奏出来たらいいわね」
そういって母は笑った。
向こうにいたとき、指揮者として有名な父の名前が先行して
心から渡り合える友がなかなか見つからなかった。
父も俺の音楽を認めてくれることもなくて、
母と違って父との親子関係は破綻に違い。
それでも……父が俺の音楽を認めてくれる時が
本当に来てくれたいいなっと思えた。
その一歩が、次のコンクールでの優勝。
そこでの優勝から、俺のプロのピアニストとしての一歩が始まる。
だからこそ、絶対に負けるなんてことは許されない。
母との電話を切った後も、
俺は何度も何度も、部屋に引きこもって演奏を続けた。
最後の1週間も瞬く間に流れていく。
グランプリ本選を翌日に控え、
いつもより早めに就寝した俺は、
久しぶりに夢を見た。
その夢の中では、
神楽おばさんが俺の隣で笑ってた。
……咲夜、精一杯楽しんでらっしゃい。
あなたらしく……
そう背中を押してくれるような、
そんな伯母の笑みを受けて、
俺はコンクール当日の朝をすがすがすしい気持ちで迎えることができた。
穂乃香が自宅を出た後も、
俺は紫音先生の好意でそのまま伊集院邸で生活しながら、
悧羅へと通学していた。
戸惑いばかりの悧羅での生活も、ようやく慣れ始めた。
この学校も案外、楽しいのかもしれない。
そんな風に思えた部分もある。
「咲夜、今日も君は練習かい?」
「はいっ。
いつもジュニアとしての仕事があまり出来ず申し訳ありません」
「かまわないよ。
君には、紫音様の期待がかかっているんだ」
そういって悧羅の生徒たちは
紫音先生の存在を自分の誇りでもあるかのように語る。
ここでは、ずっと親の七光りとして育ってきた
俺のバッググラウンドは全く意味をなさない。
そんな環境が斬新だった。
「デューティ羚、いつも気にかけてくださって有難うございます」
「当然のことだよ。
秋のコンクールは何を演奏するんだい?」
「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を」
「あぁ、ラフマニノフも素敵な曲が多いね。
俺はバッハを弾くことの方が多いけど、
ラフマニノフも時折演奏するよ。
応援している」
「有難うございます。失礼します」
お辞儀をして俺は校舎を後にする。
悧羅での俺の生活を支えてくれるデューティーになった人は、
遊佐羚と言う、音楽を嗜む先輩だった。
10月下旬。
いつものように帰宅して、運指練習から入り、
エルのレッスンを受講した後、
暫くの間、自主練習を防音室に引きこもって続けていた。
ラフマニノフの課題曲から、
続いて演奏するのはオリジナル作曲20分程度。
合計約1時間の演奏会。
技術は勿論、楽団の調和、オリジナル性。
様々な課題は隠れるグランプリ本選。
古傷の腱鞘炎もカバーしながら、
手に負担がかかりにくい演奏方法を模索していく。
練習時間の合間に、何度も様子を見に行く真人の元。
その真人と会うたびに、いきいきと左手で演奏を奏でる檜野。
そんな檜野の存在を見ていると、
俺自身も少し何かをしたくなる。
それはちょっとした母への頼み事だった。
時差を考慮して、ワールドコンサートに回っている母親へと電話をかける。
「咲夜、どうかしたの?
コンクールへの仕上がりはどう?
この間の一時間レッスンした、飛鳥君だったかしら?
充実した時間になったみたいで、喜んでくれたわよ。
今はどの先生にもついてないのね」
「指示してた先生と方針が違ったらしくて、
今は決別したって言ってたからね。
それでも飛鳥はしっかりと自分で考えながら動けるやつだよ」
「そうね……。
咲夜、日本に行って少し変わったわね。
こっちにいるときは、周囲を気遣うことってなかなか出来る子じゃなかった。
でもそっちでは、友達のために何かをしようとしてる」
「そんなんじゃないよ」
「それで今度は母さんは何をしたらいいの?
また何かを頼みたくて連絡してきたんでしょ?」
そういう母も息子のことはお見通しで……。
「あのさ、真人の幼馴染の話なんだ」
「あぁ、ALSになってしまった真人の幼馴染?」
「そう。
檜野って言うんだけどさ、あいつ、闘病を続けながらもまだピアノのこと諦めてなくて
今も動かせる左手で必死に演奏を続けてる。
そんな左手も何時かは筋力が衰えて動かなくなるんだろうけどさ、
そんな恐怖もあるはずなのに、檜野は凄く楽しそうでさ。
だから檜野に何か思い出を作ってやってほしいなって。
昔もやってただろ」
「メイクアウィッシュの活動のこと?」
「あぁ。どこでもいい。でも少しでも早い方が檜野にはいいと思うんだけど、
何処かで一緒に演奏してやってよ。
そこに俺も一緒に出ていいなら出演するし。
檜野がピアノを今も続けるきっかけになったのが、泉奏多がきっかけらしいし、
彼を招待できるなら一緒に演奏って言うのも楽しいだろうし。
なんでもいいんだ。
檜野の為に何か力をかしてほしいんだ」
俺単独でのリサイタルはまだ開けない。
だけど母なら経験も実力もある。
檜野を支える真人のやり方は迷走している。
だからそのコンサートを通して、真人には自身の迷走を自覚してほしいと願う。
そして何より、あの日から今日まで真人の傍で見てきた、
檜野瞳矢と言う彼の生き様に、エールを送りたかった。
俺ならあんな風に前向きに音楽と向き合えるだろうか?
今の俺に檜野と同じ状態が起きたと仮定しても、
想像すら出来ない。
ただそこに広がるのは、生きてきた軌跡を全否定される感覚なのだろうなと推測する。
そんな恐怖と言う、言葉にするにはあまりにも軽すぎる感情を乗り越えて
今も力強く生きようとする檜野のピュアな心。
透明感のあるキラキラした音色はアイツしか辿り着けない領域なのだと感じた。
だからこそ……そんな檜野へ敬意をこめて……。
「咲夜、檜野君のことは母さんも覚えとくわ。
それより咲夜、今は私も母親らしいことをさせてもらうわよ。
コンクールの曲のレッスンをしましょうか?」
そんな母親の言葉に、俺はグランドピアノへと視線を向けた。
教会の鐘が厳かになるように、
ゆっくりと鍵盤へと指を落として、一気にアルペジオで指を鍵盤の上で踊らせていく。
そうして本来は、ロシア的な旋律がはオーケストラで重なって来るその部分に、
母のピアノの音色が混ざり合ってくる。
40分、ノンストップで本番さながらに演奏を続けた俺自身。
その俺の演奏に、40分オーケストラパートをピアノで寄り添い続けてくれた母。
「咲夜もこんなふうに演奏できるようになったのね」
演奏を終わった後、意味ありげに呟いた母。
「いつかお父さんの指揮で演奏出来たらいいわね」
そういって母は笑った。
向こうにいたとき、指揮者として有名な父の名前が先行して
心から渡り合える友がなかなか見つからなかった。
父も俺の音楽を認めてくれることもなくて、
母と違って父との親子関係は破綻に違い。
それでも……父が俺の音楽を認めてくれる時が
本当に来てくれたいいなっと思えた。
その一歩が、次のコンクールでの優勝。
そこでの優勝から、俺のプロのピアニストとしての一歩が始まる。
だからこそ、絶対に負けるなんてことは許されない。
母との電話を切った後も、
俺は何度も何度も、部屋に引きこもって演奏を続けた。
最後の1週間も瞬く間に流れていく。
グランプリ本選を翌日に控え、
いつもより早めに就寝した俺は、
久しぶりに夢を見た。
その夢の中では、
神楽おばさんが俺の隣で笑ってた。
……咲夜、精一杯楽しんでらっしゃい。
あなたらしく……
そう背中を押してくれるような、
そんな伯母の笑みを受けて、
俺はコンクール当日の朝をすがすがすしい気持ちで迎えることができた。