優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新

15.母の記憶~おばとの再会~ -真人-


11月3日。
グランドファイナルの朝は、
眩しい朝日と共にやってきた。


グランドファイナルの朝も、
僕たちの朝はいつもと変わらない。

瞳矢が休薬期間で退院している日は、
いつも二人で朝ご飯を食べてから、
プレイエルの方へと向かう。

今日は祝日、学校は休みなので
ゆっくりとした日常だった。


「おはよう、瞳矢、真人君。
 今日は何時に出掛けるの?」

「あっ、13時からの予定だから11時くらいかな」

「まだ冬は仕事中で帰ってきてないから、
私が送っていこうか?」

「姉ちゃん、ゆっくりやりたいことないの?
 友達と出掛けるとかさ。
 真人と電車で行くから大丈夫だよ。
 ねっ、真人」

そういう瞳矢の声に、僕はゆっくりと頷いた。

周囲にいる僕たちからすると、瞳矢には頼ってほしいし
なんの不自由もない生活を送ってほしいって思うけど、
瞳矢は心配かけなくなくて、いつもそんな風に答えてしまう。

そんな瞳矢の気持ちもわかるから、
僕は和羽姉さんに「僕も一緒に行くから大丈夫だと思う。もし何か手を借りたいことが出来たら、連絡するから
その時は手を貸してもらえると嬉しいかな」っと言葉を続けた。


それでも和羽姉さんは心配そうに見てたけど、
電話の着信がなって、慌てて電話の方へと走っていった。


朝食の後、何時ものように瞳矢と一緒にプレイエルの前へと向かう。

演奏の前のウォーミングアップ。

それは昔からの母さんの教え。
ピアニストは鍵盤のアスリートだから、
演奏の前には全身のウォーミングアップが大切なのよ。


そうやって育ってきたから、
今みたいにゆっくりとピアノと向き合う時間が出来たときは、
体を温めるところから始める。

僕は立ったままで。
瞳矢は、椅子に座った状態で。


発芽のポーズから。
全身を脱力して、ゆっくりと丹田から起き上がって来る。


そのあとは、背中から腕への上下方向のストレッチ。
深呼吸をしながらゆっくりと柔軟を続ける。


そして次は、背中から腕への左右のストレッチ。
さざ波のイメージでゆっくりと柔軟を繰り返し、
最後は僕の尊敬するリストが言ったと言われる言葉

『指が5本ついている手が2つあると思うな。
 身体から10本の指が生えていると思え』

幼かった僕はその言葉の意味が分からなくて、
母さんに聞いたことがある。


そして母さんが教えてくれたのは

『真人、天使になりなさい。
 身体から10本の指の為に背中から生える腕を感じて、
 88音の鍵盤をしなやかな身体、しなやかな腕、しなやかな指で踊りなさい』

回りくどい言い方だったけど、
カチカチにこわばったままじゃなくて、柔らかく、
肩から指先までの背中から生えた腕を10mくらいに感じる。


そんな身体のウォームの後は、指先のアップトレーニング。
鍵盤のタッチ練習。

まずは鍵盤をイメージして空中で音を鳴らさず2mmほど押して、
一度無音状態で下まで押す。
そのあと、脳内で音をしっかりと鳴らしながら、
アクションの感覚をシンクロさせていく。

みっちりとウォームをしている間に、気が付いたら1時間くらい過ぎようとしていた。


その頃には、瞳矢はすでにウォームを終えて左手で
ショパンを楽しんでいた。


ようやくプレイエルの方に向かった僕に、

「あっ、やっと終わった。
 真人のウォームは長かったよね。
 ぼくはすぐにピアノ触りたくてうずうずしてたのに、
 真人は全然来なかったよね。あの頃も」

「ごめん。
 なんかアップに入り込んでたみたい。
 母さんのことを思い出してたからさ」

「ほらっ、真人一緒に演奏しよう。
 ショパンも左手で随分と演奏できるようになったんだよ」


そういって、瞳矢は左手をピアノの鍵盤にめいいっぱい走らせて
演奏していく。

瞳矢がALSで右手の筋力が低下してピアノを演奏することが出来ないと言うことを知らない人が
聴いたら両手で演奏しているかのように聞こえる演奏レベル。

僕は……瞳矢の何を見てたんだろう。
そう俺自身の浅はかさを感じずにはいられなかった。


瞳矢の手になる?
指になるって?

そんな必要は今はないじゃないか……。

そんなふうに感じた音色だった。


「瞳矢……凄いよ。
 目を閉じてたら、両手で演奏してるみたい。
 左手でだけでこんな演奏が出来るなんて」

「今の目標はショパンの練習曲(エチュード)10-12」

「って、瞳矢、それ革命でしょ。
 左手だけで?」

「そう。
 時間がかかってもいいから、そこまで好きな曲を演奏できるようになりたいんだ。
 ぼくにとっても、革命でしょ?」


そういって、プレイエルを触りながら楽しむ瞳矢に唖然とするばかりだった。


瞳矢には確かに出来ることは減ってきた。
右の指を使って、ボタンを留めるのも出来ないし、
右手にドライヤーをもって、左手で髪を撫でながら髪を乾かすことも出来なくなった。

だから今は、僕がドライヤーを持った状態で、瞳矢は髪を乾かす。
そんな瞳矢なのに、絶望してたはずなのに、
いつの間にか僕よりも未来に希望を抱いてるように感じられて、
それが眩しく感じられた。

「瞳矢、なら革命一緒に演奏しようか」
「うん。
 真人も演奏してみて、一緒に音拾い考えてみてよ。
 どの音を拾い出して、左手だけで演奏したら、よりリアルに聞こえるか。
 より自然体に聞こえるか。
左手の動かし方で、何かいいアドバイスがあったら教えてほしいんだ」


そんな瞳矢の熱意に流されるように、
グランドファイナルに出掛ける直前までピアノと戯れ続けた。


「何時まで弾いてるの?
 ノックはしたわよ。でも反応がなかったから。
 もう出かける時間でしょ」

そういって声をかけてくれたのは、結局家にいてくれた和羽姉さんで……、
そんな姉さんが運転する車で電車の最寄駅まで結局送って貰った。


二人で共通のショパンを聞きながら、
電車に揺られて20分。
長い階段をのぼって地上に出たところに、今日の会場があった。

グランドファイナルの看板が出て、
出演者の名前と演目が記載されている。


すると背後から「真人」って僕を呼ぶ声が聞こえた。

慌ててその女性の声の方へと視線を向けると、
そこには、おばである羽村冴香が姿を見せた。

途端に有名なピアニストでもある彼女の周囲には、
ピアノファンの視線が集まる。


「あっ……藤本冴香さん……」

っと隣にいた、瞳矢は、母の旧姓でその名を呼んだ。

「真人、ご無沙汰してるわね。
 元気してた?」

その問いかけに、僕は硬直する。

「あらっ、お友達の瞳矢君ね。
二人とも、良かったら楽屋へ。
 ここだと周囲の視線も気になるわよね」

おばさんにそういわれると、
おばさんは僕たちを連れて関係者入り口から建物の中へと入っていく。

途中、警備の人にとめられても
親族だと話してくれて、楽屋の方へと入れるように手続きをとってくれた。


そういって通された楽屋には、
見知った顔がスーツに身を包んで本番準備をしていた。


「咲夜、浩紀君」

そういって、おばさんは二人の姿を見かけて声をかける。

飛鳥、いつの間におばさんと交流してたんだ?

僕の知らない時間がいろんなところに流れていたのに驚いた。


僕の知らない間に、
どんどんと広がっていく交流の場。

広がる世界。


その中、僕だけが春から前進できていないような
錯覚に捕らわれずにはいられない。


「飛鳥、今日は頑張って。
 ぼく、客席で応援してるよ」

「ありがと。瞳矢。
羽村から聞いてる。
 瞳矢もずっと諦めずにピアノ続けてるんだってな。
 今度また顔出すよ」

「うん」

「あっ、伊集院も来てたよ。
 さっきまでいたんだけどな。
 顔出すなら、声かけろよ。
 だいぶん、ガチガチになってたみたいだから」

「うん。穂乃香にも声をかけるつもり。
 皆に、ぼくかなり気を遣わせちゃったからさ。
真人、ぼく、穂乃香探しに行ってくるよ」

そういうと瞳矢は、離脱し……、飛鳥もまた何処かへと離れていく。


取り残されたその場には、
僕と咲夜とおばさん。

「咲夜……久しぶり」
「よっ」

久々に姿を見た咲夜にはそんな言葉しかかけられなくて、
立ち尽くす僕に、おばさんは再び笑いかけた。

「真人、ちゃんと顔を見せてちょうだい。
 あなただけでも無事で本当に良かった」

かみしめる様に告げられた言葉は、
母の死によって、僕や父以外にも悲しんでいる人がいるのだと気づかされた。


「久しぶりすぎて何から話していいのかわからなくて。
 春の時も、僕……ご迷惑かけてしまって……」

「そんなこと気にしなくていいのよ。
 今の真人が楽しく過ごせていたらいいのよ。
 あの頃より、笑顔が見れる。
 それだけで、おばさんは嬉しいし、姉さんも安心してると思うわよ。

 そう。恭也君には許可を貰ってるんだけど、
 私暫く、日本でのリサイタルの準備に入るのでこちらに滞在するの。
 明日から咲夜も、合流よ。
良かったら明日、瞳矢君と一緒に練習場所にいらっしゃい。
 歓迎するわ」

そういっておばさんは笑った。

「瞳矢が今、此処にいたら凄く喜ぶと思います」
「ふふっ。
 私も楽しみにしてるわね。
 さっ、私は関係先の先生にご挨拶してくるわね。
咲夜、また後で」


そういうと、おばさんは颯爽と何処かへと歩いていく。

「咲夜、今日は演奏楽しみにしてる。
 咲夜のラフマニノフ」
「うん。
 また後で」


咲夜と別れた僕は、瞳矢を探し出して客席へと一緒に
向かった。

会場内の灯りがおちて、
今、ゆっくりとグランドファィナルの火蓋がきられた。


全力を出し尽くして演奏をしていく、
ファイナリストたちの演奏を聴きながら、
無意識に膝の上で、指を動かしている僕をいた。




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