二人一緒の夏


夕方。
開け放たれた窓から、笛の音が聞こえ始めた。
神社でやっているお祭りの賑わいが、ここまで伝わってくる。
子供の頃、神社の長い階段を上った先に現れる出店にワクワクした気持ちが、大人になった今でも私の心をくすぐってやまない。

「真奈美。夏祭りにでも、行ってきたら?」

夕飯の支度に取り掛かろうとしている母が、昼間とは違って穏やかに話しかけてきた。

「一人で行ってもね」

そう言いながらも、行きたい気持ちはあった。

たこ焼きや焼きそばも食べたいし。
あ、金魚すくい。
久しぶりだから、捉まえられるかな。
ヨーヨーもして、あとは。

ここに帰ってこられなかった数年が嘘のように、私の心は回復している。
裕樹がそばにいなくても、一人で立っていられるくらいに。

テーブルに頬杖をつき、テレビのリモコンを手にしたら、母が奥から何やらもって来た。

「これ、着せてあげるから。行ってきなさい」

目じりに皺を作り、僅かに首を傾げて微笑む母の手元には浴衣があった。

「どしたの、それ?」

私は驚きながらも、その柄の綺麗さに眼を奪われた。

「いつだったかしら。毎年帰ってきていた時に、今年も来るだろうと思ってあつらえたのに。真奈美、パッタリ夏に返ってこなくなってしまったから」

言われて、どんな顔をしたらいいかわからなくなる。

頬、引き攣ってないだろうか……。

裕樹がいなくなった年の夏から、私はここに帰ってこなくなった。
裕樹との思い出が溢れかえっているここに来るのは辛かったかし、やせ細った姿を母に見せて心配をかけたくなかっだんだ。

「ありがと……」

そう言うのが精一杯だった。

浴衣は、生成り地に菖蒲が水彩画のように柔らかく描かれていて、とても綺麗だった。

「真奈美には、こういう優しい雰囲気がよく似合う」

着付けをしてくれている母が、そういって帯を締めてくれた。

「下駄は、お母さんのを使いなさい。去年買ったばかりで、私も一度はいたきりのものだから」

母が買ったという下駄は、同じような生成りの鼻緒で。
自分のだといいながら、この浴衣にあう物を買っておいてくれたのではないかと思った。

「ありがと」

母の気遣いが照れくさくて、俯き加減でお礼を口にした。

「お小遣いは、あるの?」

玄関で下駄を履く私の背中に、母が声をかける。

「もう。子供じゃないんだから」

笑う私を、同じように母も笑ってみている。

「じゃあ。行ってくるね」

そういって背を向けた私に、母がポソリと呟いた。

「そういえば――――」

その言葉に振り返る私と目が合うと、母は慌てたように、なんでもないと口を閉ざした。




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