カタブツ上司に迫られまして。
「まぁ……良いんですけどね」

ブツブツ言いながらエレベーターに乗り込み、社員入口を出たところで上野君が隣に並ぶ。

課長はそれをちらっと見ただけで、さくさくと前を歩いていた。

「鳴海と課長は付き合ってるんじゃないの?」

「え?」

唐突になに?

「だってほら。この間、ずいぶんと親密だったから」

「そ、そんなことありません」

「えー? そうなの?」

言い合っていたら、課長が立ち止まって振り返った。それを見て上野君は肩を竦める。

「……僕にはそうは見えないんだけどなぁ」

そう言って、上野君は今度は課長の隣に並んで歩き始めた。

……そうかな。職場ではいつも通り課長は課長だし、私は私でいつも通りなんだけどな。

課長が定食屋さんの暖簾をくぐり、慌てて追っかけて店に入ると、忙しそうな店員さんに案内されてそれぞれ席についた。

Yシャツにネクタイ姿の人が目立つ古い木造建築の定食屋さんは、ちょっと女子だけでは来にくいけれど……。

「焼き魚食べたい」

メニューを見ながら呟くと、課長が顔を上げる。

「魚を食いたいのか?」

「高いから買わないんですよねー。数があると安くなるんですけど、冷凍しちゃうのはもったいないし」

魚よりお肉の方が安いんだもん。

「冷凍すればいいじゃないか。俺は別に気にしねぇよ」

「毎日、同じ魚は飽きちゃうじゃないですかー」

「……僕はもしかしてお邪魔になってません?」

ハッとして、課長と一緒に上野君を見た。

「そんなことはない」

きりっとして言う課長に、上野君が片手を振る。

「でも、今の会話って、上司と部下の会話って言うより、普通に付き合ってる男女の会話じゃないですか」

「いや。違う。鳴海と付き合ってはいない……」

ないない。まだそんな話には……なりかけているだけ。

「言ってもいいですか?」

上野君が真面目な顔をして、課長が微かに眉を潜めた。

「どーでも良いですけれど。見方に気を付けて見ていれば、課長のはバレバレです。まぁ、隠しているつもりもないんでしょうけど。ところで、僕はお刺身定食食べてもいいですかー?」

最後はにっこり笑って、その笑顔に課長は片手で顔を隠して俯いた。
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