恋人境界線

その余裕っぷりが、なんだか癪だわ。悔しいから、言わないけれど。


「あ。民訴のノート、忘れないうちに貸すから」


動揺がばれないようにバッグの中をまさぐる。
すると、春臣に手を止められた。「そんなの、口実に決まってんだろ」

もう一度、唇を重ねた。
それは、穏やかな秋風のように、自然と流れる動作だった。
どちらともなく、距離を縮めて。何度となく舌を絡めておねだりしても、足りない、と感じた。

深いキスの間中、包み込む香水の匂い。
たった一日、数時間で、あたしを幸せにも、不幸せにもした匂い。

それでも。
春臣と共有する香りだというだけで、やっぱり幸せの方が、比重は大きく果てしない。
どれだけ、自分が我慢してたか。春臣があたしの友達と付き合い出す度に、心の奥底に芽生える気持ちを押し殺してきたか。声を出さずに泣いたか、なんて。

上手に思い出せないくらい、比類なく幸せだと言えるわ。


「…はぁ…、苦し」
「黙って。志麻からも、して?」
「…っん…」


20年間生きてきて、自分がこんなに大胆だなんて、初めて知った夜、だった。
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