phantom
ごそごそ。不可解な物音に目が覚めたのは丁度今から三十分前。誰かが私の部屋にいる。狸寝入りを決め込もうと音を気にしつつ目を閉じていると……。

「キミも俺をバケモノだと罵るのだろうか」

また不可解な言葉が耳に入った。
(……?)

そうだ、最初ナノさんに殺された時聞いた言葉。



――"キミも俺のことをバケモノと言うのだな"

バケモノ……彼がいつも着けている顔の無い真っ白のお面と長く伸ばされた髪……顔を隠すように……。

ナノさんには、顔にコンプレックスが……?

大きな怪我をしたとか、元々パーツが悪く気に病んでいるとか。その辺りか。

だとしても、私は余り偏見がないと自負している。……自信はないけれど。

「キミも俺の今の顔を見れば……きっと」


ナノさんの悲痛な声に心を打たれる思いがする。
私は生前義父に心身とも滅茶苦茶にされてしまった。あの行為は私を愛してではなく、ただ自分の欲を満たしたいがためだけの物だった。

私の内側は何も知ろうとしない、最低な奴。

しかし、その点この人はどうだろう。
あの囚人から私を助けてくれた、このペンダントだって、私が誰かに殺されないよう、私の身を案じてくれたものだ。

確かにナノさんには二度も殺されたけど、今考えると不思議と嫌な気分にはならなかった。

(最初は彼を拒絶してしまったから。次は囚人と親しげにしてしまったから……不安になって?)

つまり、嫉妬で私を殺したっていうこと……いやそれは無い。だって、顔合わせて一時間も経ってなかった。

そんなことは有り得な……。



「俺を心から愛してくれる人は現れるのだろうか」
「サキ、キミは……アイツラとは違うと、」

「信じている」



……く無かった……?

(……うーん……)

こう何もわからない状態というのは中々進み辛いものだ。まず私が真っ先に知りたいのは、「何のためにココに来たのか」ということなのだが、下手に発言すると殺されかねない。

だったら、今は流されるまま、従順なフリをし続けていれば……。表面だけでも彼を愛することに努めよう。そうすればきっと、いつか彼の真意が聞き出せるかもしれない。





「あの」
「!?」

勇気を出して一度声を掛けてみた。ナノさんの方はやはり私が起きていたことは予想していなかったみたいで、その瞬間ガタガタと家具が揺れる。焦っている様子が手に取るように分かって、笑みがこぼれた。

「……何故笑う」
「……!ごめんなさい。変な意味じゃなくて」

しまった。また逆鱗に触れて……?

咄嗟に身構えるが、どうやらそんなに怒ったわけではないようだ。顔をこちらに向けたままずっと黙っている(勿論眠る為に電気は消してあるので、彼の素顔は未だ見れないままだ)。

「俺の言葉を聞いたか」
「三十分前には、目が覚めてました」

「……」

(小さな声で「俺が来た時からじゃないか」と仰ってますが、聞こえてますよナノさん)

……案外抜けてるところもあるのか。
以前までのナノさんは、常に何かを警戒しているようだった。お面だからもちろん表情は見えなかったわけなのだが、今とは纏っている空気が違うのである。

そして、しばらくぶつぶつと独りごちていたナノさんは、何かを決心したように私に馬乗りになって、電気のリモコンに手を伸ばした。

「サキ」
「……はい」
「先ほどの言葉を聞いていたなら分かるだろうが、俺は顔にバケモノを飼っている」

(自分でバケモノって言ってしまうのか……)

「それを今からキミに見せるが、……いや、これ以上は言わないでおこう」
「キミを試させてもらう」


明かりが、点いた。
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