phantom
黒いシルクハットの男――"ナノ"と言うらしい――からペンダントを貰い、その後私専用の個室(と言われた)に案内してもらった。部屋を見て少しだけうきうきする私を複雑そうな表情で彼が見ていたのは気のせいだったろうか。


"……わ、広い……凄いです……私、こんな良いところ頂いてしまっても良かったんですか?"


"……所長が決めた事だ"


(所長、か……)

「……あ」

そう言えば、初めて廊下を出た時にナノさんが向かったのは確か"所長室"だった気がする……。挨拶をしに出向いたほうがいいかな……。

(でもナノさんに"無闇に外出するな"って言われたんだよね)

囚人共は私を狙うから危ない、と。

(今日は止めておこうかな。私自身ナノさんがいないとすぐ死んでしまいそうだし……)

居ても死んでしまうけど。まあ彼は殺すときに乱暴はしないから。


……私の感覚も大分おかしくなってきたようだ。


この死んでも生き返るというわけのわからない場所に飛ばされて。やっと現実とおさらばできると心の隅ではパーティーを開いていたが、待っていたのは血祭りパーティーで。
ココに来て殺される感覚や、血液の味、また首が切断された際には噴水のように血が溢れ出る事など、知りたくないものも知ってしまった。

……それと、平気で人を殺す人間がいるということも。

薄桃色のシーツがしわなく広げられたベッドに腰を下ろして、ひとつため息を吐く。カラーボックスの中から一冊適当な本を見繕って、ローテーブルに乗せた。

そして台所に向かい物色していると、偶然にもミルクココアの素が出てきたので、ポットにお湯を沸かしマグカップに注ぐ。

二口ほど啜って机の場所に戻り、左手にカップを持ち替えて右手で一枚本のページを捲った。


……ココアをもう一口、本も粗方読み終えた後で襲ってくるのは言わずもがな睡魔である。
眠気でぼんやりした頭を休めるため、ベッドに身を委ねた……。





「……ぐう」
「……眠っているのか」


薄いブランケットに包まって華奢な体を縮め、すうすうと寝息を立てている十代の少女。枕の側は読みかけの本が一冊開いたままに、近くの机には飲みかけのココアがぽつんと立っていた。

カードキーを使用して楠木 咲の部屋に入った黒いシルクハットの男"ナノ"は、しばらく少女の様子を見ると少し乱れた彼女の髪を数回大きな手で撫で付ける。その後本を元あった場所にしまい、冷え切ったマグカップを流し台へ運び込む。

すべてをゆったりとした動作で行った彼は、未だ眠っている咲の近くに座り込み、能面のマスクに手を掛けた。



露わとなった彼の顔は、まるでゾンビのように爛れていた。





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