坂道では自転車を降りて
 その後も、歌は Tonight と BEAT IT そしてAmerica や BAD を行ったり来たりする。大野さんはピアノにも乱入して、平気でBeat it の上に Tonight をかぶせてくる。最後はTonightを3人で歌って終わった。
「くぅっ。腕があと1本欲しい。」川村は尽き果てたように行った。
「なんだこれ。」
俺はくらくらしていた。舞台を終えたときのような興奮がある。

「ねー。楽しいでしょ?」
「やっぱり3人の方が広がるな。」
「先輩より神井くんのほうが歌、沢山知ってるみたい。」
「先輩ともしてたの?」
「何度かね。でも、先輩、歌の趣味が私と合わなくて、私にAKB歌えとか言うし、自分では音痴だからとか言って、あまり歌わないの。聞いてるだけ。」
「でも楽しそうだったじゃん。実際かなり音痴だから、しょうがないよ。AKBだっていいじゃん。大野さんが歌ってあげたらそれで良いんだよ。神井は普通に歌えるんだな。選曲が微妙に少女趣味だけど。姉妹がいるのか?」
「いや、兄だけど。」

「ふーん。ところで、大野さん、ピアノ下手になったね。」
「最近、全然、触ってないもの。川村くんとも久しぶりだったね。」
「そうだな。たまには練習しておいてよ。」
「えへへ。ごめんね。」

「暗くなって来たね。戻ろうか。神井くん、またやろうね。」
「ああ、楽しかった。川村すげーな。」
心から感嘆の言葉が出る。
「すごいでしょ?」

彼女は満足げに俺に話しかける。川村はひとり前を歩いている。今、どんな顔をしているんだろう。邪魔されて怒ってるかもな。
 夏の夕方の風が頬に気持ち良い。川村とも案外、うまくやれるのかもしれない。また、誘ってもらえないだろうか。調子の良い事を考えながら、無邪気に笑う彼女の横顔を眺めた。
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