坂道では自転車を降りて

 庇ってやれたら良かったけれど、どうやって庇ってやればいいのかも見当がつかないし、庇うのが良いのかどうかも分からない。俺達の関係がバレたら、裏方の彼女を舞台に引っ張り出したことを、職権乱用と言われかねないし、活動中にバカップルとひやかされるのだけは、絶対に避けたい。それに俺自身、彼女を手に入れたと言う実感がまだ薄い。身勝手な話だが、ここで彼氏と名乗り出るだけの自信がないのだ。なんとか自力で乗り切ってくれ。冷静になれ。いつもの君ならできるだろ?

「ほら、本当の彼氏だと思って、甘えてみて。」
「そんなこと言われても、全然違うし。」
一瞬みんなが黙った。バカっ。何を口滑らしてんだ。
「大野さん、彼がいたんだ?鈴木先輩?」
横江も突っ込むな。お前に関係ねぇだろう。
「ちっ、違う。」

 慣れない演技。山田からは苦情。気心も知れていない役者達に、よってたかって突つき回されて、彼女は困り果てているのに、俺はどうしたら良いのか分からない。追い詰められた彼女がチラリとこちらを見た。やめろバカ。こっち見るなよ。
「部長?」
たまたま俺の目の前にいた原に、みんなの視線が集まる。思わぬ盾が現れた。ちゃんと話してはいないけど、多分、原は気付いてる。頼む。なんとかしてくれ。俺は原の後ろ頭を心の中で拝んだ。

「え、俺?」
原はとぼけた声でおどけて見せてから、フッと笑って
「その辺は、みんなの想像に任せるよ。」
と意味ありげな発言で場を納めた。さすが原だ。と思ったのもつかの間。

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