坂道では自転車を降りて
 数日は主に舞台のほうに出ていたが、すぐにペースができて裏の仕事にも戻れるようになった。その日も稽古を抜けて部室に戻ると、一年の高橋くんが川村くんを探していた。そろそろ音出しのタイミングを役者の動きに合わせて調整する時期なので、今日は動きをチェックする為に舞台で作業しているのを見かけた。脚本と主演の変更に伴って、場面の雰囲気も変わり、タイミングも微妙にズレる。音響の作業は随分遅れているようだった。高橋くんと二人で、音楽のサビまでの時間を計り、音出しのタイミングを脚本へ書き込む作業をしていたのだが、手分けしてやることになり、どこかへ消えたという。

「僕、今日はそろそろ帰らないといけないんですけど、川村さんがいなくて。」
高橋くんは何故か、川村くんのことを川村先輩ではなく川村さんと呼ぶ。
 部室にはいないので、どこかの空き教室かな。手分けして探すことになった。私は2年の教室を端から回ったが、見つけられなかった。暗くなり始めた空をみてふと思いだした。そうだ。多分、階段教室だ。

 夕闇の階段教室に川村くんはいた。パソコンに繋がれたイヤホン。でも目は閉じたまま動かない。イヤホンをしているからか、私が入室したことに気付かない。近づくと、眠っているようにも見えた。肩を叩くとゆっくりとこちらを向いた。そして、私の顔を見ると、びっくりして立ち上がった。耳からイヤホンが外れる。
「大野さん、なんでっ」
「高橋くんが、探してるよ。電話にも出ないで、何してたの?」
「え、」携帯を出して履歴をみて驚いている。
「本当だ。」
「最近、らしくないね。今も、寝てた?」

イヤホンから聞こえる音は関係なさそうなクラシックだった。仕事していたとは思えなかった。
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