坂道では自転車を降りて
夢中で走っていると、携帯から声がした。
『神井くんっ。どこ?。』
「大野さんはっ。今どこ!」
『今、、』
どこにいるの。何してるの?さっきの男は?
「俺、薬屋の近く、バス通り。大野さんどこ?」

応答がない。俺は息も心臓も止めて、ひたすら携帯の音を探った。荒い息づかいと走る足音が聞こえる。
「多恵っ。」
『はぁ。はぁ。。バス通り。出た。。』

顔を上げて見ると遠くの街灯にもたれて、彼女が息をついていた。
「大野さんっ」
自転車で走り寄り、飛び降りて抱きしめようとした俺を、彼女は手で制した。

「鞄が、、おいて、来ちゃった。一緒に、とりに、行って、くれる?」
今は、鞄どころじゃないだろ。まるく開いた口からは、はぁはぁと白い息が出てくる。ふらつく身体を街灯で支え、やっと立っている感じだった。

「君は、君は大丈夫なの?」
「大丈夫。一本裏を歩いてたの、バカな事した。心配させてごめん。」
大丈夫といいながら、まだ身体が震えている。瞳に涙をためながら、無理矢理笑う顔が痛々しい。

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