坂道では自転車を降りて
 おにぎりもお茶もなくなって、二人とも無言になった。遠くでかすかに人の声が聞こえる。部室を静寂が満たした。窓の外には冬の空。部室は暗く、窓辺に座る彼女の横顔は、半分シルエットだった。この儚くて美しい絵をずっと見ていれば、時間が止められるのではないか。そんな気がした。

 おもむろに、彼女がこちらを向いた。目が合うと笑い、また窓の外を見ながら言った。
「私ね。。。神井くんが好きだよ。信じてもらえないかもしれないけど。」
 過去形じゃなくて、現在形なのか。あんなにいろいろあったのに、彼女はまだ俺が好きだと言ってくている。それでも俺は、何も答えられなかった。静寂が戻って来た。

 しばらくまた彼女を眺めた後、俺は静かに立ち上がり、彼女の横に立った。頬に手をあて、ゆっくりとこちらを向かせると、窓の外を見ていた彼女は、少し驚いた顔でこちらを見た。ほんのり色づく滑らかで柔らかい頬、ほんの少し開いた桜色の唇を親指でなぞると戸惑って目をそらした。俺はその細い顎を掴んでもう一度こちらを向かせ、無言で顔を近づけた。鼻が触れ合う程近づいた時、彼女は目を閉じた。

 唇が触れる。温かくて、柔らかい感触。何度も、何度も、繰り返す。彼女の瞳が潤み始め、息苦しさで口が開くと、舌を割り込ませた。彼女は驚いて一瞬、身を硬くしたが、戸惑いながらも俺に従った。俺は自分が今できる限りの”激しいキス”を続けた。二人はお互いの唇を舌を吸い合い、絡め合った。彼女の躯から力が抜けて行くのがわかる。

「ぁ。。」小さく言うと、彼女は耐えきれなくなったように身をひねらせて逃げた。追いかけて、首筋に口づける。「んぁっ。」彼女が声を上げた。落ちるっ。暴れた拍子に彼女は机から落ちそうになり、俺は慌てて抱きとめた。ソファに座らせると、彼女は俺にすがりついて大人しくなった。俺は彼女の息が整うのを待って訊ねた。
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