坂道では自転車を降りて
「多恵。」
 呼びかけると彼女が俺をみた。少し怯えたような表情。潤んだ瞳。小さく開いた唇から、甘い吐息が漏れる。

「君に、、触ってもいい?」
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていたけど、真剣な目ではっきりと頷いた。

 終業式の午後、学校に残る生徒はほとんどいない。ほとんどの部が年末の大掃除を終え帰宅したはずだ。
 冬の太陽は大きく西に傾いて、窓から見える空には薄ぼんやりした飛行機雲が風に流されている。建物のなかはもう薄暗くて、何の音も聞こえない。冷たく乾いた部室の中で、俺の手と彼女の肌だけが熱を帯びていた。
< 342 / 874 >

この作品をシェア

pagetop