坂道では自転車を降りて

 俺は彼女の手を握って言った。言いたくないけど、言わないとヤバい。
「帰ろっか。」
「。。。。あ、うん。」
 あれ、微妙な返事。まだ何かあったかな。バレンタインって男はチョコ貰うだけで良いんだよな?ありがとうは言ったし、キスもしたよな。
 戸惑いながら見ていると彼女はゆっくりと立ち上がって、せつなげに笑った。

 自転車はまた走り出した。しばらく走ると坂道でまた自転車を降りる。彼女は少し不安そうな顔をしていた。なんでこんな顔してるの?
「どうした?」
「別に。」

 彼女は寂しげに笑って、いつものように荷台を押した。どうしたんだろう。俺、なんか忘れてるかな。お互い無言でしばらく歩く。
「最近、私にあまり触らないね。」
えっ。
「なんでもない。変な事、言ってごめん。」

「多恵、、もっとその、触って欲しいの?」
俺は立ち止まって、後ろを向いた。
「ううん。ちょっとそう思っただけ。気にしないで。」
荷台からは手を離さず、バツが悪そうに俯いた。やっぱり、言葉が足りなかったのか。彼女は寂しかったんだ。

 俺は謝って、ゆっくり説明した。
「ごめん。俺、触りたくないわけじゃないんだけど、君に触るとさ、後で辛くなるんだ。もっと触りたくなって、周りが見えなくなって、何も手につかなくなる。自分の気持ちに振り回されて、君の事さえ、ちっとも見えなくなって、それで、原や飯塚や、織田にまで怒られた。悔しいというか、、情けなくて。。。もっと、冷静でいたいんだ。君を守れるように。だから、その距離感というか、あまり触らない方が良いかなって。。。」
 でも、本当はいつだって君が欲しいんだよ。今この瞬間だって、その衝動を抑えるのにすごく苦労してるんだ。
< 505 / 874 >

この作品をシェア

pagetop