坂道では自転車を降りて

「俺はまだ1年生だったんだ。」
「?」
「初めて演出をさせてもらったとき。」
「主な役者はみんな上級生でさ。そりゃあ、気を遣ったよ。内容も、言葉遣いも。」
「でも、それが良かったのかもしれない。先輩の方も後輩だからって俺の言う事を軽く扱わないで、俺の言ってる事を理解して実現しようとしてくれた。言葉がもどかしくて、上手く伝わらないときにも辛抱強く付き合ってくれたんだ。だからお互い納得が行くまでやりあえた。先輩達には本当に感謝してる。俺の言いたい事わかるか?」
「なんとなくですが。わかります。そうですね。私にも足りないものがありますね。」
もう一度、頭を撫でてやると、彼女は素直に返事を繰り返し、涙を拭った。
「ありがとうございます。先輩と話せて良かった。なんか少し分かったような気がします。ゆっくり落ち着いて考えてみます。」
「俺は椎名に呼ばれて、山田にも頼まれて来たんだ。みんな、君の事を心配してるよ。」
種を明かすと、生駒さんはちょっとムッとした。もしかして、余計なお世話だとか思ってるのかな。
「焦らないで、もっとみんなに頼ってみな。」
「分かりました。」
彼女は静かに頷いた。

「あ、それと。。」
「はい?」
「今日の事、多恵に言うなよ。」
 生駒さんはきょとんとした目をあげて、俺を見て、そして笑った。女の子の泣き顔は、泣いた後の笑顔でさえ、ぐちゃぐちゃで全然キレイじゃないのに、どうしてこんなに愛おしくて、ドキドキするんだろう。

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