坂道では自転車を降りて

 写真部の展示室に今西はいなくてホッとした。展示室の中程に置かれた織田の写真はほとんどが人物だった。街を歩く老人の眩しそうな表情。仕事中のバスの運転手が小学生に向ける優しい笑顔。工事現場の誘導員の疲れた顔。そして校内の写真。高校の日常を切り取ったような写真は等身大と言う言葉がピッタリで、なんだか眩しくてせつなくなる。良い写真だった。演劇部員達の写真も何枚かあった。

 多恵の写真は他の写真と少し違っていて、あの日、植物園で撮ったものだった。妖艶に微笑む彼女の表情はすごく大胆で大人びていて、とても綺麗だったけど、彼女じゃないみたいだった。彼女の要望なのか、小さく焼いて控えめに展示してあった。

「この写真、なんだかイメージ違うっていうか、大野さんじゃないみたいだな。」
飯田が俺に話しかける。
「そうだな。」
「本人らしい写真を撮るのって難しいんだな。」
 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。織田の撮った彼女らしい写真を俺は何枚も見た。織田がこう撮りたかったから、こういう写真になったのだろう。モデルにポーズをとらせて撮ったということが丸わかりだ。雑誌のグラビアみたいで、少なくとも俺の好みでは無かった。こんな写真より、彼女の寝顔や泣き顔の写真の方が何万倍も良かった。

「お、沼田の写真があるぞ。」
 言われて見ると、沼田の写っている写真ではなく、沼田の撮った写真だった。沼田の写真は静物が多くて、排水溝に落ちた落ち葉だったり、一輪だけ咲いた花だったり。人物の写真もあったけど、風景の一部としての人物だった。これはこれで良い写真だ。林や今西の撮った写真もあるはずだが、冷静に見る自信がなかったので、遠目で眺めるだけにした。

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