坂道では自転車を降りて

「君が大丈夫じゃなくても、大好きだから。」

 彼女はしばらく唖然としてたけど、やがて、穏やかに「うん。」と言った。
 あぁ、なんで今頃気付いたんだろう。今ここに彼女がいたら、きっともっと伝わるのに。ぎゅっと抱き締めてやったら、見つめ合えたら、もっともっと安心させてやれるのに。

 俺はいても立ってもいられなくなって、コートを羽織って家を飛び出した。いつのまにかみぞれは降り止んで、ちらちらと雪が舞って、濡れた路面に落ちては融けていた。自転車を引っ張りだして跨がると、母さんがビックリした顔で玄関から飛び出してきた。

「どうしたの。こんな時間にどこに行くの。」
「大野さんち。大丈夫。すぐ帰るから。信じて。」
笑顔で告げると、母さんも安心した顔になった。
「暗いし滑るから。ゆっくりね。事故にだけは気をつけてよ。」
こんな無鉄砲な息子でも、本気で向き合えば、ちゃんと信じて応援してくれる。母親ってありがたい。

 雪の中、自転車を走らせる。視界は悪かったけど、寒さはちっとも気にならない。俺の身体中が君でいっぱいだ。
 君が弱くなったのは、君の仮面の下に俺が踏み込んだからだ。俺が君の仮面の下の心に直接触ったから、君は驚いて怯えて上手く歩けなくなってしまったんだ。
 恋に永遠なんかない。けれど今、俺は君の隣にいるから。君ががんばって立ち上がるのを見てるから。どうか、鎧の下に隠れないで。恋の終わる日を怖れないで。泣かないで前を向いて。

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